アクセスカウンタ

zoom RSS テーマ「中国国内旅行」のブログ記事

みんなの「中国国内旅行」ブログ


<北京の世界遺産めぐり>頤和園十七孔橋「光のトンネル」編

2018/04/11 20:28
画像

不定期シリーズ「北京の世界遺産めぐり」の頤和園十七孔橋「光のトンネル」編です。

頤和園は元の時代に貯水池だった場所が明代を経て、光緒帝の時代に西太后の故居として整備され、この時に名前が清漪園(せいいえん)から頤和園に改称されました。

清代末期まで西太后の避暑地として利用され、共産党による中華人民共和国が1949年に建国後、1953年に公園として一般開放されました。

1998年にユネスコ世界文化遺産に登録。現在も故宮に並ぶ北京有数の観光名所です。

広さは290ヘクタールで東京ドームの62倍。故宮の4倍以上あり、本来は丸一日掛けても良い大きさです。
画像

手書きでなんか雑ですみません。これで広さがお分かりかと思います。

通常の観光コースは、東門から昆明湖を挟んで仏香閣を望み、通しチケットを買っていれば少し南に歩いて文昌閣と文昌院博物館を見学し、また北に戻って、西太后の住んでいた楽寿堂、長廊を経て万寿山の仏香閣へ上ります。
画像

仏香閣 : 乾隆年間 (1736〜1795年)創建。英仏連合軍により破壊され、西太后の時代に再建。2015年9月撮影。

昆明湖の全景を見て、蘇州街を抜けて北宮門出口に出るのが一般的なコースです。これでも2時間くらい掛かってしまいます。
画像

仏香閣から昆明湖を望む。2018年1月撮影。

時間に多少の余裕があれば、文昌閣からさらに南の十七孔橋を見たり、あるいは仏香閣からさらに西にある石舫を追加コースに入れます。夏場なら昆明湖を横断するボートを乗るとかなり機動的に回れますのでオススメです。
画像

石舫あるいは清晏舫(せいあんほう)と呼ばれている石の船です。1755年創建、1893年再建。

さて、今回は季節限定ですが、頤和園の観光の一つをご紹介します。

タイトルにある、”光のトンネル”と言うのは、東門から一キロほど南に下った十七孔橋で見られる光景です。
画像

十七孔橋(じゅうしちこうきょう)とは清代の乾隆帝(1736一1795)時代に作られた17個のアーチを持つ園内最大の橋です。長さは150メートル。欄干の獅子も544体を数え、盧溝橋の501体を超える非常に美しい橋です。

この橋の設計者が、毎年冬至の前後にこのアーチに夕日の光が射すように設計したのです。なんとも凄いことを考えたんですねえ。

中国語では、
金光穿洞
金光穿孔
红光穿洞
红光满洞
红桥洞
などの呼び方をされていて、日本語では近年「光のトンネル」と呼ばれているようです。
筆者Sはその絶景をなんとか写真に收めるべく奮闘して参りました。
さあ、それを時系列で追って見ることにしましょう。

撮影日は2017年12月24日(日)です。この年の冬至(一年で昼が最も短い日)は二日前の12月22日でした。

この日はクリスマスイブ。しかし、単身者には全く関係ありません(笑)。当日は朝から昆明湖の西側をテクテク歩いて、仏香閣前を抜けて、ようやく十七孔子橋前まで来ます。
画像

15:39 真冬で人もそれほど多くなく、一人のカメラマンが湖面からの風景を撮影しています。「おお〜あんたもイブなのに頑張るねえ、お互い良い写真が撮れるといいねえ」と心の中で意味不明なエールを送ります(笑)。
画像

15:46 まだ空も明るく時間もあるので、橋の手前の銅牛の写真を撮ったりなんかします。
画像

15:54 橋に到着〜。太陽が石獅子を射す感じがなんか良い感じです。なんとなく人が増えてきたような。。。
画像

15:56 橋の上から仏香閣を望みます。良い天気ですねえ。さあ、ここから目的の写真を撮影すべく、橋の反対側に渡ります。
画像

15:58 えっ!?
画像

15:59 え〜〜〜〜〜!!!???
なんと、物凄い人です。完全に出遅れです。
画像

画像

16:01 人混みを分け入って撮影した記念すべき一枚目。「光のトンネル」はすでに始まっています。左上の枝はなに?道理でこのポイントにすすっと入れたわけです(苦笑)。インスタ映えしないので場所を移動します(笑)。
画像

16:04 前列までとても行けないので背伸びしてカメラを上にあげての撮影です。撮った写真のほとんどはブレブレになってしまってなんとか形になった一枚。この写真から17のアーチすべてにきれいに光が射し込んでいるのが分かります。しかし、光そのものが明るい状態で個人的にはまだ好みの色じゃありません(苦笑)。
画像

画像

16:12 もっとベストポジションがないかと後ろに回ったら返ってひどい結果に。。。時間だけが無情に過ぎます。
画像

16:28 橋から昆明湖沿いにかなり離れたところから撮影。一番右のアーチが欠けてしまいました。。。
画像

画像

16:36 このあたりがピークだと思います。色も赤く染まってきてまだ17のアーチにぎりぎり光が入っています。
画像

トリミングしてみました。素晴らしい景色が目の前に広がります。天文学を知り尽くした橋の設計者は天才です!本当に感動ものです。
画像

画像

16:48 深い赤色になってきてとてもきれいですが、アーチから光が一つまた一つと消えていきます。記事にするような写真としてはもう使いものになりません。
画像

16:49 前の写真からたった一分。あっという間に「光のトンネル」は終わりを迎えました。
画像

16:55 日が沈みます。今から100年以上も前、西太后や光緒帝も同じ景色を見たのでしょうねえ。
この時期に頤和園にお越しの際はぜひ日の入りまで残ってこの「光のトンネル」を楽しまれてみてはいかがでしょうか?
それではまた次回の連載をお楽しみに〜。
記事へ面白い ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0


後編:北京あんてぃーく倶楽部オフ会活動報告(河北省唐山)

2018/04/07 22:53
河北省唐山めぐりの後編です。

午後の初めは「唐山博物館」。
画像

画像

大きな博物館で、中央に毛沢東さまの像がすくっと立っておられます。
画像

画像

画像

画像

唐山伝統文化の「皮影」、「評劇」の展示が充実しています。

次は「中国鉄路源頭博物館」。
画像

画像

ここは光緒七年(1881年)敷設された唐胥鉄道の起点であり、「0」の文字が見えます。
画像

画像

当時の駅舎も残っており、鉄道マニアにはたまらない場所ですね。

そして最後は「唐山地震遺祉紀念公園/唐山地震博物館」。
画像

画像

唐山地震は1976年7月28日に発生したマグニチュード7.8の直下型地震で、24万人の方が犠牲になったと伝えられています。
画像

画像

公園内に入るとまずは高さ7.28m、長さ493mの記念壁が目に入ってきます。犠牲になった24万人の方のお名前が記されています。

広大な公園を進むと一番奥には「国保・唐山機車車輛廠鋳鋼車間地震遺祉/唐山机车车辆厂铸钢车间地震遗址」が被災したそのままの状態で国保プレートと共に保存されています。
画像

画像

画像

そして「唐山地震博物館」です。
画像

画像

画像

画像

たくさんの写真や当時の実物資料が展示されており、被災からの復興の経過を詳しく伝えています。

小雨はだいぶ雪混じりになってきました。天候も心配なのでこのあたりで唐山を後にして北京市に戻ります。
少々距離が遠く、なかなか行き難い唐山を十分に探査で来て大満足の1日でした。
画像

反省会ではスーパードライを片手に、明後日、日本へ帰任するメンバーと楽しい思い出話しがいつまでも続きました。それでは今日はこのへんで。また次回お会いしましょう。
記事へナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


前編:北京あんてぃーく倶楽部オフ会活動報告(河北省唐山)

2018/04/07 22:51
2018年3月オフ会活動のご報告です。今回は「河北省唐山市めぐり(前編)」です。
天気予報は季節外れの「雪」。。。
少々肌寒い1日でしたが、15名のメンバーが元気に参加しました。

■日時
2018年3月17日(土)

■実際ルート
0700北京市内集合
→国保・省保・天宮寺塔
→車軸山中学(国保・豊潤中学校旧址と国保・寿峰寺)
→ランチ
→唐山博物館
→中国鉄路源頭博物館
→唐山地震遺祉紀念公園・唐山地震博物館(国保・唐山機車車輛廠鋳鋼車間地震遺祉)
→北京市内・反省会
※国保=国家文物保護単位、省保=河北省文物保護単位

早朝、北京市内に集合して、借切りバスで「河北省唐山市」に向かいます。
唐山市は1976年の唐山地震でよく知られますが、北京の東北東方向に約180km、中国近代工業発祥の地として炭鉱、製鉄、陶業などが早くから起こり、総人口759.6 万人(2016)の河北有数の大都市です。

あんてぃーく倶楽部的には、明代に既に製陶業が始まり、「景徳鎮」とならぶ「北方の陶都」と称されたあたりに惹かれます。また中国共産党創設の主要メンバーだった李大サ氏(1888-1927年)の生まれ故郷でもあります。

そんなこんなでまずは「国保・天宮寺塔」に到着。
画像

画像

画像

公園内の石碑を見ながらお目当ての塔に向かいます。
画像

画像

画像

さっそく、省保プレートを見つけて撮影。
画像

天宮寺塔:遼代清宁元年(1055年)創建。立派な塔です。
画像

画像

画像

画像

各自思い思いに塔の周りを散策してはカメラに収めます。
画像

画像

こんな龍の装飾がされています。
画像

画像

画像

国保プレートもゲットしてもう一度みんなで記念撮影。

次は20分ほど南に下ったところにある「車軸山中学」です。
画像

ますは車軸山中学の立派な門、ここから入ります。
画像

1903年建学の現役中学で、許可を頂いて見学させていただきます。
画像

広い敷地の西側半分が「国保・豊潤中学校旧址」になっており、この豊潤中学校旧址の北端に小山があり、山頂部に「国保・寿峰寺」があります。
画像

まっすぐ進むと「通称・大紅門(赤門)」。この両サイドに豊潤中学と寿峰寺の国保プレートがあります。
画像

画像

画像

山頂部の寿峰寺が近くに見えてきます。しっとりした品の良さを感じつつ歩きます。
画像

またまた立派な門をくぐると校史館です。
画像

画像

画像

100年前の建築物。どの建物もとても趣きがあり見入ってしまいます。

続いて老図書館です。
画像

画像

「学無止境」と書かれた石碑。

現役で使用されている教室の左右の階段を上ると山頂部の「国保・寿峰寺」です。
画像

画像

画像

画像

画像

寿峰寺は無梁閣(遼代重熙六年/1037年)、薬師霊塔(遼代重熙六年/1037年)、文昌閣(民国年間/1913年)の3つから構成されています。
画像

画像

薬師霊塔はオシャレな華塔様式、無梁閣は存在感たっぷりの独特のスタイルです。

遠目から3つの建物を押さえます。
画像

画像

画像

画像

お腹もすいたので重慶火鍋で昼食。
画像

画像

画像

画像

みぞれ混じりの小雨になりましたが寒い時には火鍋ですね〜
後編に続く〜
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


第52回北京あんてぃーく倶楽部活動予告(潭柘寺、戒台寺)

2018/04/03 22:41
2018年4月活動のご案内です。

■日程:2018年4月22日(日)

0730 ケンピンスキーホテル(亮馬橋店)
0745 建外SOHO A座 
0830 潭柘寺(国)、潭柘寺塔林
1130 昼食
1300 戒台寺
1530 盧溝橋
1800 北京市内、反省会

■応募締切:4月16日(月)

4月は門頭溝区の潭柘寺と戒台寺です。PACでは過去にも訪問していますが、今回は時間を取り、潭柘寺の塔林をたっぷり見学します。塔林は日本人僧侶の塔やフビライの娘、妙厳公主の塔などを見学します。

盧溝橋は、欄干の上にある約500体の石獅子の時代考証をします。金代1192年に完成した盧溝橋はその後何度も修復を繰り返し、石獅子は金、元、明、清、民国、現代と6時代の石獅子が共存していますので、その違いを楽しみましょう。

いずれも少し不便な場所にありなかなか訪問出来ないところです。
ぜひこの機会にご参加ください。

■応募方法:参加出来る方は椎野までご連絡下さい(微信可)。
※また初参加の方は、下記メールアドレスまでご一報ください。
※メールアドレス:shiino@bjnt.com

皆様のご参加をお待ちしております。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


第51回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(銀山塔林・白浮泉遺址他)

2018/03/21 01:38
2018年3月PAC活動のご報告です。
今回の北京あんてぃーく倶楽部活動は「昌平区めぐり」です。
少々肌寒い1日でしたが、13名のメンバーが元気に参加。

■日時
2018年3月11日(日)

■実際ルート
0730北京市内集合
→国保・銀山塔林
→国保・白浮泉遺址(九龍池、都龍王廟)/龍山度暇村ホテル内
→区保・西沙屯薬王廟;
→市保・朝宗橋
→区保・清代大碑・楊増新(1864-1928)墓碑
→区保・南一村清真寺
→康熙行宮(北京温都水城)
→1730北京市内/反省会
※国保=国家文物保護単位、市保=北京市文物保護単位、区保=昌平区文物保護単位

早朝、北京市内に集合して、貸切バスで「国保・銀山塔林」に向かいます。
しかし、ここは2014年から修復のため閉園が続いていて、残念ながら未だに閉園でした。
画像

画像

ちなみに銀山塔林は昌平区の中心から更に東北へ30kmに位置し、もともとは唐代に華厳寺が建てられたのがその始まり。遼代にはここに宝岩寺が建てられ、金代には延聖寺として再興され、明代(1429年)に法華禅寺と改称されたとのことで、境内にはたくさんの塔(周辺含めて18座)があり、塔林と呼ばれています。隆盛時、銀山の山麓には72座の塔が建ち並んでいたそうです。
画像

その雄姿に思いをはせて次に向かいます。

気を取り直して次は「国保・白浮泉遺址(九龍池、都龍王廟)」へ。
画像

画像

ここは元大都の水源として、元二十九(1292)年に元代の天才・郭守敬(1231年-1316年、天文学者、数学者、水利学者)によって作られた「水がめ」です。現在は広大な新城賓河公園内に有り、未だに悠々と水を湛えています。往時を思いながらまずはここで記念撮影。
画像

画像

いろいろ調べた結果、国保プレートや都龍王廟は龍山度暇村ホテル内に有ることが判明。
画像

画像

画像

しかしここも工事中ということで敷地内に入って確認することはできませんでした。また、敷地内の寺廟らしき建物についても全く情報がなく、下から眺めるだけでした。

次は「区保・西沙屯薬王廟」です。沙河小学校の隣りにあります。
画像

画像

ひっそりと残っていますが、山門は風格があります。唐代の創建で、かつては“京北第一大薬王廟”と呼ばれたとのことです。
画像

ただ、残念ながら中には入れず、門の隙間から少しだけ覗いて撤収です(笑)。

バスは徐々に市内方向に進んでいきます。「市保・朝宗橋」です。午前中の撮れ高が少なく(笑)、今回の参加者で未訪問の人もいたので寄りました。PACではお馴染みの橋です。
画像

昌平区の中心から南に10km、巩华城(鞏華[きょうか]城)のすぐそばにあり、多くの車が往来して現役の橋として機能しています。明代創建で、盧溝橋、永通橋(俗称八里橋)とともに京師三大橋梁と讃えられる七孔石橋(7つのアーチのある橋)です。見てください、この立派なお姿(笑)。
画像

画像

橋の北端東側には明万歴四年(1576年)に建てられた高さ4mの大きな漢白玉の石碑が残っており、「大明、朝宗橋」の文字が刻まれています。
画像

画像

続いて「区保・南一村清真寺」へ。
画像

画像

残念ながらここも未開放でした。今日は全部入れない。厳しい〜(笑)。
画像

画像

画像

明代の創建で沙河地区唯一の清真寺とのことです。そばには「区保・清代の大きな墓碑」もありました。
画像

画像

フェンスで囲われた遠くにプレートが見えます。
画像

撮影した文字を拡大してみると、楊増新(1864-1928)墓碑であることが判明、楊増新は光緒年間に科挙合格して各地の行政管理に功があった方で、当地に眠るとあります。まだまだ知られていない遺祉がたくさんあるんですね〜。

そして最後は「康熙行宮」。
画像

“北京温都水城”の広大な区画の中に有ります。
画像

画像

もともとは康熙帝の行宮(休憩所)として康熙五十(1711)年に建設されたとのこと。
画像

画像

現代の作でしょうが、ホテル内にあった九龍壁もなかなか精巧な作りです。
画像

画像

現在、付近はホテルやレジャーランドとして大規模再開発がなされ、別の意味で往時を偲ぶ繁栄ぶりとなっています。
画像

夕方、1730、北京市内に到着。いつものお店で反省会。今春で北京を離れるメンバーも複数おり、アサヒビール片手にいつまでも思い出話しに花が咲きました。

それではまた次回。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


第50回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(河北省琢州市・三国志めぐり)後編

2018/03/02 23:35
<後編>
さあ、午後はいよいよ「三国志関連史跡めぐりです」。

ちょっぴり復習しておくと、
「三国時代」とは、ざっくり西暦220年(曹丕が魏王朝建国/後漢滅亡)〜221年(劉備・蜀)〜263年(魏により蜀滅亡)〜265年(司馬炎が晋建国/魏滅亡)までの時代のこと。

有名な「三国志」のあらすじは、西暦180年頃、世は乱れ、各地で「黄巾の乱」とよばれる民衆の反乱が起きる。
劉備、関羽、張飛が義兄弟のちぎりを結び(桃園の義)官軍に義勇軍として参加。
劉備は三顧の礼で諸葛亮を軍師に。赤壁の戦い(208年)後、中国全土は、曹操(魏)・劉備(蜀)・孫権(呉)のに三分され『三国志』の原型となる。
画像

(写真は三義宮内の劉備、関羽、張飛像)

関羽は曹操・孫権の結託により捕らわれて処刑され、蜀皇帝・劉備は、関羽に対する恨みを晴らす為、孫権(呉)に攻め込むが張飛が暗殺され大敗。
劉備は諸葛亮に後を託し病死。諸葛亮は劉備(蜀)の跡を継ぎ、魏に戦を仕掛けたが5度目の北伐・五丈原の戦いで諸葛亮が死去。

三国志の話はここで終わります。
(※メモ:前221年秦始皇中国を統一。前206年前漢。25年後漢、184年黄巾の乱)。その後、魏の晋王・司馬炎が魏を滅ぼし晋を建国し、さらに呉を滅ぼして晋が中国全土を統一(280年)。316年西晋が滅亡、五胡十六国時代・南北朝時代へ。589年隋が天下を統一と続きます。

まずは「張飛廟(市保/始建年代不詳)」へ。
画像

街道沿いには入り口を示す立派なオブジェ。
画像

画像

みんな楽しそうに思い思いに記念撮影。

続いて張飛廟の入場券20元を買って入場。
画像

画像

画像

しっかり琢州市文物保護単位プレートを押さえて、張飛井戸へ。
画像

画像

古い石製井戸枠が残っています。
画像

画像

画像

お話とすると「張飛は肉屋さんを営んでおり、この井戸を冷蔵庫代わりに使っていたが、ある日、ここを通りかかった関羽が重さ200kgの石の蓋を軽々持ち上げて肉をもって行ってしまう。これに張飛が激怒、劉備が仲裁することに。こうして3人の友情が始まった」ということになっています。
画像

その様子が周辺の壁の絵でわかりやすく説明されています。
画像

画像

井戸の横には清代康煕39年(1700年)に張飛慰霊祭をした際の記念碑があります。
この石碑がここでは一番古い年代の物ではないでしょうかね〜。
画像

画像

張飛故居なんていうのもあります。出来たてホヤホヤっぽいです(笑)。
画像

画像

みんなでかなり重たい槍や刀を持ってポーズ(笑)。
画像

画像

ここには張飛廟(張飛墓)もあります。

張飛廟を満喫して次は大通り沿いの「三義広場」で下車。
画像

画像

ここは遺祉ではないのですが、村のランドマーク。劉備、張飛、関羽の雄姿がそそり立ちます。お年寄りにも人気の広場です。

いよいよ本日クライマックスの「敕建三義宮(省保)」です。
画像

画像

隋代始建で1996年再建ですが、なかなか立派なつくりです。
画像

画像

画像

画像

画像

画像

場内にはあちこちに劉備、張飛、関羽、三人に関する造作があり、「桃園の誓い」前で3人ずつ思い思いにお誓いポーズ(笑)。昔ながらのぐい呑ではなく今時の缶ビールで各チームは一体何を誓ったのでしょうか(笑)。
画像

ちなみに桃園の誓いが本当にここであったかどうかは諸説あるようです。
画像

九龍碑。明代。
画像

裏側のレリーフも立派です。

最後は流石、ここで終わらない「北京あんてぃーく倶楽部」。大樹楼桑村へ向かいます。大樹楼桑村は劉備玄徳が生まれた村。村内には忠義路、玄徳路など「あんてぃーく倶楽部」心をくすぐる地名が残ります。

目的地の「漢昭烈皇帝劉備故里」碑に到着です。
画像

画像

画像

1996年に建てられた石碑が畑の真ん中にポツンとあるのですが、劉備玄徳が生まれた村を訪れたこと自体に意味があると皆満足。

場所がわかりずらいです。百度地図のアプリでは村の名前しか出てきません。
今回は訪問歴のあるメンバーが事前に教えてくれて助かりました。
画像

画像

三義宮からですと三義広場まで戻り、手前の三義街を左折(南に下る)、松高路を左折して、琢白路(琢は当て字です)をまた左折し北に少し上がり玄徳路を右折します。そうすると村名の道路標識が出てくるのでその先左手の幼稚園の近くです。
画像

画像

別の道から行こうとすると、バスなどは高さ制限で入れない道があります。お気をつけください。

ちなみに劉備、張飛、関羽の故郷は
・劉備玄徳:河北省琢州市大樹楼桑村
・張飛益徳:河北省琢州市忠義店村
・関羽張雲:山西省運城市常平郷常平村 です。

風もなく穏やかな早春の一日を無事、楽しく過ごすことが出来ました。
画像

最後は北京市内に戻り反省会。スーパードライで乾杯しつつ、楽しい会話が続きます。

お疲れ様でした。今日のところはこの辺で。
また次回、お会いするのを楽しみにしています。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


第50回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(河北省琢州市・三国志めぐり)前編

2018/03/02 23:31
画像

2018年2月PAC活動のご報告(前編)です。
記念すべき第50回北京あんてぃーく倶楽部活動は「河北省琢州市・三国志めぐり」です。春節も明けて、すっかり暖かくなり、15名のメンバーが元気に参加。晴天の一日を楽しみました。
尚、昨年12月の活動報告同様「琢州(たく州)」の「琢」は、本来「氵」が正しいのですが、文字化けするため便宜上当て字にしています。

■日時
2018年2月25日(日)

■予定スケジュール
0720ケンピンスキーホテル(亮馬橋)
0745建外SOHOA座(国貿)
0930琢州下胡良橋(国保)
1000琢州清行宮(省保)
1100琢州学宮(省保)/予備:天国寺、泰宁宮
1200昼食
1330琢州張飛廟(市保)、三義宮(省保)、劉備碑(大樹楼桑村)
1830北京市内/反省会
※国保=国家文物保護単位、省保=河北省文物保護単位、市保=涿州市文物保護単位

■実際ルート
0720ケンピンスキーホテル(亮馬橋)/0745建外SOHO(国貿)集合
→琢州市(下胡良橋(国保/明万歴二年公元1574年)
→清行宮(省保/1751年乾隆帝宿泊処)
→天国寺
→鼓楼大街(劉備玄徳、張飛益徳が闊歩)
→琢州学宮(省保/唐大歴初年始建孔子廟)
→桃園飯店(既に取壊され未発見)
→昼食
→張飛廟(始建年代不詳/張飛井戸/張飛墓)
→三義広場/劉備、関羽、張飛の銅像
→敕建三義宮(省保/始建隋代/桃園の誓い)
→劉備故里石碑(大樹楼桑村/劉備が生まれた村))
→北京市内/反省会

快晴、朝の気温は▲6度C。
誰も遅刻することなく15名が集合して、いつものマイクロバスで琢州市の下胡良橋(国保)と琢州清行宮(省保)に向かいます。

実は昨年2017年12月9〜10日に「房山張坊鎮・清西陵・琢州めぐり」を実施した際に時間切れ等で参観できなかった2ケ所をフォローアップします。

まずは「下胡良橋 (国保) 」。
画像

画像

明万歴二年(公元1574年)建設、ちょっと落書きもありますが、横から撮影するとこの通り立派な姿です。
電線がじゃましてメンバーが撮影アングルに苦労(笑)。しゃがんで撮ったりしています。
画像

画像

画像

画像

次は「清行宮(省保)&薬王廟」へ。
画像

画像

ガビ〜〜ン。春節休みなのか閉館でした!
2017年12月10日に訪問した際には昼休み休憩中で閉館、何と二連敗です(笑)。
ひょっとしたら年間通じて閉館中なのかもしれません。
画像

画像

画像

清行宮は明嘉靖年間創建、乾隆十六年(1751年)に乾隆帝が泊まった場所です。
メンバー一同諦めきれずに周囲をぐるっと回ります。
画像

画像

でもやっぱり諦めて「乾隆行宮影壁」と「行宮正門」の前で集合写真を撮って撤収〜(笑)。

そして時間調整含めて「天国寺」へ。
画像

地図でルートを調べている際に見つけたお寺で、その名前に惹かれて訪問。
画像

画像

画像

元々の名前は雲居禅寺で唐代創建の千年古刹。
長い年月の間に風雨や戦火で焼け落ち今はかつての痕跡は残っていない。
その後、当地に再建されたが、なぜ天国寺と改名したかは不明とのこと。
画像

「鼓楼大街」です。
画像

画像

画像

ここは琢州城の中心部。
その昔、この大通りを劉備玄徳や張飛益徳が闊歩したのかな〜。
画像

「学宮(省保/唐大歴初年始建)」です。
画像

画像

鼓楼大街からすぐ近く。敷地内には「大成殿、戟門、泮池橋(元至正二年/1342年)」が残っているはずですが、ここもクローズで正門で集合写真を撮って撤収〜。
地図には隣接して孔廟もあるようだったので、いろいろ聞き歩きましたが結局、その孔廟の一部として学宮が残っているのみのようです。

次は「桃園飯店」を目指します。
ここは別のブログで敷地内にいろいろな造作があり面白いとの情報があり、また昼食もとれそうなので捜索開始。
しかし資料の住所に行ってみるもその影は無し。
地元の人の話では桃園飯店は既に無くマンションになったとか。
画像

画像

画像

画像

丁度、近くに手ごろなレストランがあったのでここで昼食。
画像

画像

たくさん食べて飲んで1人何と33元でした〜満足、満足!

午後はいよいよ「三国志関連史跡めぐりです」
後半に続く〜。
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


<北京の世界遺産めぐり>故宮博物院西側エリアを徹底解剖

2018/03/01 18:58
画像

今回は北京故宮博物院のご紹介です。

北京故宮は1987年12月ユネスコ世界文化遺産登録されました。
通常ですと故宮観光に費やす滞在時間は2〜3時間から長くて半日というところでしょうか?
その場合は、大体大和門、大和殿からなる中心線と右(東)側の有料観光となっている九龍壁を見るのが定番です。
画像

故宮九龍壁。清代1772年。北京北海公園と大同の九龍壁と合わせて中国三大九龍壁の一つ。2014年撮影。

日本では特に浅田次郎著「蒼穹の昴」「珍妃の井戸」が有名になり、北東端に位置している珍妃井を見に行かれる方も多いのではないでしょうか?
画像

珍妃井。光緒帝の側室であった珍妃は1900年八カ国連合が北京に迫った時にこの井戸に落とされ溺死した。2014年撮影。

さらに時間があれば西側の西太后の住まいだった儲秀宮を見て、北側の神武門から出て観光終了となるのが一般コースかと思います。

今回はこれまで訪問出来ていない古橋や西側建築関係を中心に見て回りました。

訪問日;2018年2月22日

本来春節明けの平日ですが、訪問者Sの会社は振替休日だったのでした(笑)。平日なので空いてると思って行ったのですが甘かったです。。。
画像

朝0840でこの行列。まだまだ世間は春節期間です。ただ、春節対応で検査ゲート数が倍になっており、15分程度で通過出来ました。
画像

しかし、また関門。当日チケットがQRコードで全部ネット購入になっていました。
自分で無事買えて良かったですが、Sは中国語が苦手。すこしビビリました。
画像

今までのチケット売場は閑散としてます。

あとであんてぃーくメンバーが教えてくれたところによるとチケット売り場と反対側の東側に外国人専用チケット売り場があるようです。
しかし、故宮の訪問は現在1日8万人限定。行かれる方は前もってしっかり確認することをお勧めします。
画像

さあようやく入場。大和門前の5本の橋は午門内金水橋、1690年清代。

正面には目もくれずに(笑)、まずは向かって右(東)側の東華門方面へ。
このエリアには3つの古橋(三座門三石橋、東華門内石橋と半辟橋)があります。

三座門三石橋はまだ未開放でした。
故宮は残念ながらまだすべてのエリアが開放されているわけではありません。
2015年の開放エリアは総面積の60%に留まっていました。
2016年は76%、今年2018年は全体の80%を超えるエリアが開放される見通しになっています。
画像

画像

画像

東華門内石橋は明代の橋。東華門の前に位置しています
画像

画像

すぐ近くに九壇八廟の一つ、伝心殿があります。今は、古建部になっておりますが、これも残念ながら入れませんでした。ちなみに八廟は太廟,奉先殿(故宮),伝心殿(故宮)、寿皇殿(景山公園)、雍和宮,文廟(孔廟),堂子,歴代帝王廟。
画像

奉先殿は現在有料の時計展示館になっている場所です(今回未訪問、2014年撮影)
堂子は今の北京飯店に位置していたようですがすでにありません。
画像

画像

半辟橋は協和門すぐ横にある橋です。これも故宮内の一般通路で使われていた橋です。
画像

画像

この後、もう一度中央を通って西側に階段がある午門を初めて上りました。
上からの眺めもなかなか壮観です。
画像

西の角楼は途中までしか行けません。
画像

東の角楼は中まで入れます。
中では角楼が建てられるまでの模型ビデオが流れています。
画像

画像

その先はさっき行ったばかりの東華門。中は展示室になっていてなかなかの充実ぶり。
しかし、そこから下りるので、また振り出しになってしまいました。。。
最初から午門行けば良かったです。
画像

画像

もう一度、大和門を見ながら西側の武英殿に到着。こちらには武英殿三石橋と断虹橋の2橋が目的です。
画像

画像

武英殿三石橋、明代初期。
画像

そのすぐ東側にある断虹橋。元代あるいは明代初期の橋。故宮内で最も古い橋です。
画像

画像

全長は18.7mでそれほど大きな橋ではありませんが、橋の両脇に位置する石獣や双龍の彫り物は非常に精密で素晴らしく、ずっと見ていても飽きることがありません。立ち去るのが惜しいくらいです。
画像

今は欄干の両脇がマットで保護されています。すでに700年余り前の貴重な橋ですから保護は重要ですね。しかし、せめてガラスカバーにして貰って彫刻が見えるようにして欲しいところです。
画像

画像

画像

その先に中国語で氷窖(Bing1 Jiao4)と呼ばれるかつて氷を保存していた氷室あります。現在はカフェになっています。何か買わないと中に入れないので12元の飲料水で休憩(笑)。

定食は58元だったと記憶。大した料理じゃなかったけど(笑)、家族連れは食べるところも少ないので結構注文してましたね。

雰囲気やレベルともに景山公園奥にある恭倹胡同の皇家冰窖が全てに勝っておりますが、話しのネタには良いのでぜひ立ち寄って見てください。
画像

画像

しばしの休憩の後は、慈寧花園。太皇太后、皇太后や皇太妃らの憩いの場だったところです。
画像

或若館(清代)の中は皇太妃の儀式の場。ガラス越しで写真が撮りにくいです(笑)。

続いては彫塑館へ。
画像

彫塑館は2015年から常設していたんですね。全く知りませんでした。
画像

画像

画像

様々な時代の仏像を一同に集めており、狭いながら個人的には中国国家博物館の仏像コーナーより内容は充実しているように感じました。仏像ファンはここだけでも見る価値があると思います。
画像

画像

画像

画像

寿康宮。清代。

そこから北に向かうと西六宮と言われる西太后や皇后の住まいがあった場所になります。

そして、その儲秀宮(ちょしゅうきゅう)へ。
画像

画像

明代創建、清代改修。西太后が住んでいた場所で、すでに夕方4時近くでもさすがに混んでいます。
画像

画像

ガラス越しの中の撮影がほんとに大変(苦笑)。カメラのフードをラバーに付け替えての撮影です。この塔に名前はついているのかな。欲しいなあ(笑)。

中央に戻ると交泰殿が目の前だったのでせっかくだから見学します。
画像

画像


ようやく出口前の御花園に到着。御花園ニ亭橋を見ます。
画像

浮碧亭橋。明代。
画像

澄瑞亭橋。明代。

時刻はすでに1630。この時間になると係員から追い出しが掛かります。追われるように神武門を出て観光終了です。
画像


故宮はやっぱり凄いとあらためて実感。最近の観光は郊外に出ることが多かったのですが、灯台モト冬樹でした!
長々とお付き合いありがとうございました。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


第51回北京あんてぃーく倶楽部活動予告(銀山塔林・京杭大運河巡り)

2018/02/10 10:25
3月度の北京あんてぃーく倶楽部活動予告になります。
2月の活動実施前ですが、3月の実施日の都合上、早めの御連絡となります。

■日程
3月11日(日)

■スケジュール
0730 ケンピンスキーホテルロビー集合
0900 銀山塔林(閉園の場合は付近まで)
1100 白浮泉遺址(九龍池、都龍王廟)
1300 昌平市内で食事 
1400 文物石刻園
1530 半截塔
1700 ケンピンスキーホテル着 
(スケジュールは一部変更になる場合があります)

■注意事項
・山歩き出来るような格好でお越しください。
・一応、パスポートの携帯をお願いします。

■応募締切:3月5日(月)

■応募方法:参加出来る方は椎野までご連絡下さい(微信可)。
※また初参加の方は、下記メールアドレスまでご一報ください。
※メールアドレス:shiino@bjnt.com
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


第50回北京あんてぃーく倶楽部活動予告(タク州・三国志巡り)

2018/02/02 22:49
2018年2月活動のご案内です。

2月は河北省涿州(たくしゅう)市です。
涿州は12月のPACで行きましたが、今回はその時に行かなかった三国志関連を中心に回ります。
涿州市は蜀の劉備玄徳と張飛の生まれ故郷です。
劉備、張飛、関羽の3人で義兄弟の契りを交わした桃園の誓いの碑などを見学します。

また、12月には中に入れなかった清行官へももう一度訪問します。


■日程:2018年2月25日(日)
訪問場所;三義宮、張飛廟、清行官、下胡良橋、泰寧宮などを予定。
日程は別途御連絡となります。丸一日の活動になります。
※必ずパスポートを携帯ください。


■応募締切:2月17日(土)


■応募方法:参加出来る方は椎野までご連絡下さい(微信可)。
※また初参加の方は、下記メールアドレスまでご一報ください。
※メールアドレス:shiino@bjnt.com


皆様のご参加をお待ちしております。

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


タイトル 日 時
第49回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(国家博物館見学&新年会) 2018年1月PAC活動のご報告
第49回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(国家博物館見学&新年会)  2018年1月PAC活動のご報告 2018年1月PAC活動のご報告です。 明けましておめでとうございます! 本年もどうぞよろしくお願いいたします。 ■日時 2018年1月21日(日) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2018/01/27 12:55
第48回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・琢州ツアー)2日目後編
第48回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・琢州ツアー)2日目後編 お昼まではまだ時間があり、サクサクとスケジュールが進行していたので、清行宮と薬王廟を先に見学しようと行ってみましたが、なんと日曜日はどちらもお休み。嘘でしょ〜、日曜日以外誰が来るねん! ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/12/23 17:18
第48回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・琢州ツアー)2日目前編
第48回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・琢州ツアー)2日目前編 2日目(12月10日) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/12/23 15:54
第48回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・琢州ツアー)1日目後編
第48回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・琢州ツアー)1日目後編 (1日目前編からの続き) しこたま飲んでバスの中でうとうとしていると、あっという間に清西陵へ到着。毎年恒例行事の易水での荊軻遊び(笑)。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/12/23 11:46
第48回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・琢州ツアー)1日目前編
第48回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・琢州ツアー)1日目前編 12月度の北京あんてぃーく倶楽部活動報告になります。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/12/23 10:37
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目D
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目D ■2日目D いよいよ石家庄ツアー最後の目的地、河北博物院に到着。なんとか2時間ほど見学時間を確保できました。ここまで素晴らしいスケジューリングです(笑)。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/05/05 17:31
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目C
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目C ■2日目C 正定という街は、一日ぷらぷらしても街のいたるところに見所があって飽きることがないように思います。正定の最後に行く予定にしていた正定文廟の近くに、唐代の碑が残っているというので先にそちらを見学に。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/05/02 11:49
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目B
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目B ■2日目B 天寧寺から、いよいよ趙雲廟へ。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/05/01 13:13
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目A
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目A ■2日目A 臨済寺を後にして、一旦バスに乗り込みます。どこもかしこも工事だらけで、次の場所は普通に行けば歩いてでも行ける距離なのですが、そのあとのことも考えてそうしました。バスで10分、開元寺須弥塔に到着。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/04/29 10:58
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目@
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目@ ■2日目@ ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/04/28 14:08
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)1日目A
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)1日目A ■1日目A ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2017/04/27 11:43
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り) 1日目@
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り) 1日目@ 4月度の北京あんてぃーく倶楽部の活動報告になります。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/04/26 18:37
第38回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・易県一泊二日ツアー)2日目パートA
第38回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・易県一泊二日ツアー)2日目パートA >2日目パートA そこから、さらに農村の細道をひた走ります。そろそろ大通りに出るかなと言うところで、運転手が左にハンドルを切ろうとしたところを右に行くように指示出し。なんと曲がったすぐ左手の丘の上に目的の古塔を発見。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/12/23 14:32
第38回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・易県一泊二日ツアー)2日目パート@
第38回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・易県一泊二日ツアー)2日目パート@ >2日目パート@ 12月11日(日)、朝起きるとそこそこ気持ち悪い。まあ昨夜あれだけ盛り上がればしょうがないよね、と思いつつ、7時にはホテルの朝ごはんを食べにレストランへ。信じ難いことに、呑んだくれていた皆さんはすでに食事中。皆さん元気です。 ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/12/23 14:06
海昏侯墓
海昏侯墓 本日は北京の文物の話ではありません。そのあまりに衝撃的な発見から早5年。毎年驚きの報告が届く、江西省南昌市で発掘された漢代の列侯である海昏侯劉賀の墓のお話です。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/06/28 10:35
第31回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(定州ツアー) パートA
第31回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(定州ツアー) パートA パート@からの続き ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/05/25 07:25
第31回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(定州ツアー) パート@
第31回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(定州ツアー) パート@ 5月22日(日)に実施された第31回北京あんてぃーく倶楽部活動報告になります。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/05/24 07:10
第26回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・満城漢墓1泊2日ツアー)パート2
第26回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・満城漢墓1泊2日ツアー)パート2 2日目。 13日(日)の朝は、なかなかに昨日の酒が残って気持ち悪い状態です(当たり前か)。せっかく朝食付きにしたので、無理くり7時半にレストランへ。女性陣は元気ですね。ちらほら集まり始め、8時過ぎにようやく男性陣が集結。男性陣はどうやら朝の散歩組もいた模様。こちらも元気だ。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/12/17 07:30
第16回北京あんてぃーく倶楽部&胡同会活動報告(12月度・清西陵)
第16回北京あんてぃーく倶楽部&胡同会活動報告(12月度・清西陵) 12月度の北京あんてぃーく倶楽部の活動は、北京でも歴史ある文化系コミュニティ「胡同会」とのコラボ企画として、「清西陵」に行ってきました。原田名誉会長とあんてぃーく倶楽部の活動内容を検討していたとき、「毎年12月の最も極寒のときに、誰も来ないであろう清西陵に行って、回音壁で遊ぶ」という方針を決めていたので、その活動に胡同会の皆さんにもジョインしてもらいました。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2015/01/02 10:31
労働節の休暇を利用して、恒仁、集安、瀋陽に旅行しました。 (その7)
労働節の休暇を利用して、恒仁、集安、瀋陽に旅行しました。 (その7) i瀋陽 福陵(東陵) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2014/05/06 19:34
労働節の休暇を利用して、瀋陽、恒仁、集安に旅行しました。(その6)
労働節の休暇を利用して、瀋陽、恒仁、集安に旅行しました。(その6) 瀋陽 日本占領下の建造物群 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2014/05/06 09:32
労働節の休暇を利用して、瀋陽、恒仁、集安に旅行に行ってきました。(その5)
労働節の休暇を利用して、瀋陽、恒仁、集安に旅行に行ってきました。(その5) 日本占領下の建造物群 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2014/05/05 22:14
労働節の休暇を利用して、瀋陽、恒仁、集安に旅行してきました。 (その4)
労働節の休暇を利用して、瀋陽、恒仁、集安に旅行してきました。 (その4) 1) 好太王の碑 及び好太王陵 ...続きを見る

かわいい ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2014/05/05 19:45
労働節の休暇を利用して、瀋陽、恒仁、集安に旅行してきました。(その3)
労働節の休暇を利用して、瀋陽、恒仁、集安に旅行してきました。(その3) 集安観光 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2014/05/05 08:21
労働節の休暇を利用して、瀋陽、恒仁、集安に旅行してきました。(その2)
労働節の休暇を利用して、瀋陽、恒仁、集安に旅行してきました。(その2) 五女山から集安までは、約130kmの距離とのことでしたが、高速道路はなく、山路で、幾つかの峠、集落を超えながら、風景は非常に牧歌的でのどかでは有りましたが、街灯はなく、集落と集落の間には車がすれ違うこともほとんどなく、車が、もし故障したら、全く身動きは取れないだろうなと思いつつ、 恒仁から集安まで約3時間もかかり、2000時頃到着しました。集安の繁華街はそれなりに明るく、賑やかでしたが、正直、陸の孤島と言った感じで、隔離されている街のような感じはしました。 本当に、遠い。。。。 ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2014/05/04 22:19
労働節の休暇を利用して、瀋陽、恒仁、 集安に旅行してきました。
労働節の休暇を利用して、瀋陽、恒仁、 集安に旅行してきました。 遼寧省の瀋陽から、高句麗の遺跡、吉林省の集安までのツアーが二泊三日で可能であると言うことを知り、強行軍ではありましたが旅行してきましたので、報告します。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2014/05/04 15:22
世界遺産 楽山大仏
世界遺産 楽山大仏 成都から南に車で約二時間、楽山大仏を見に行って来ました。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2014/04/08 23:10
成都の骨董街について
成都の骨董街について 成都の骨董街は杜甫草堂(唐の詩人で安史の乱の時4年間成都に避難していた。その住居後)のそばに有ります ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2014/04/08 22:50
清明節の休暇を利用して成都に旅行して来ました。
清明節の休暇を利用して成都に旅行して来ました。 一年のうち200日は曇りと言われている成都の初日は小雨模様でした。 あんてぃーく倶楽部の観点から報告致します。 1) まずは三国志の聖地 武侯祠博物館の見学 諸葛亮と劉備の人気は流石にすごい! ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2014/04/08 19:53

トップへ | みんなの「中国国内旅行」ブログ

北京あんてぃーく倶楽部 中国国内旅行のテーマ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる