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みんなの「中国国内旅行」ブログ


第51回北京あんてぃーく倶楽部活動予告(銀山塔林・京杭大運河巡り)

2018/02/10 10:25
3月度の北京あんてぃーく倶楽部活動予告になります。
2月の活動実施前ですが、3月の実施日の都合上、早めの御連絡となります。

■日程
3月11日(日)

■スケジュール
0730 ケンピンスキーホテルロビー集合
0900 銀山塔林(閉園の場合は付近まで)
1100 白浮泉遺址(九龍池、都龍王廟)
1300 昌平市内で食事 
1400 文物石刻園
1530 半截塔
1700 ケンピンスキーホテル着 
(スケジュールは一部変更になる場合があります)

■注意事項
・山歩き出来るような格好でお越しください。
・一応、パスポートの携帯をお願いします。

■応募締切:3月5日(月)

■応募方法:参加出来る方は椎野までご連絡下さい(微信可)。
※また初参加の方は、下記メールアドレスまでご一報ください。
※メールアドレス:shiino@bjnt.com
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第50回北京あんてぃーく倶楽部活動予告(タク州・三国志巡り)

2018/02/02 22:49
2018年2月活動のご案内です。

2月は河北省涿州(たくしゅう)市です。
涿州は12月のPACで行きましたが、今回はその時に行かなかった三国志関連を中心に回ります。
涿州市は蜀の劉備玄徳と張飛の生まれ故郷です。
劉備、張飛、関羽の3人で義兄弟の契りを交わした桃園の誓いの碑などを見学します。

また、12月には中に入れなかった清行官へももう一度訪問します。


■日程:2018年2月25日(日)
訪問場所;三義宮、張飛廟、清行官、下胡良橋、泰寧宮などを予定。
日程は別途御連絡となります。丸一日の活動になります。
※必ずパスポートを携帯ください。


■応募締切:2月17日(土)


■応募方法:参加出来る方は椎野までご連絡下さい(微信可)。
※また初参加の方は、下記メールアドレスまでご一報ください。
※メールアドレス:shiino@bjnt.com


皆様のご参加をお待ちしております。

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第49回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(国家博物館見学&新年会) 2018年1月PAC活動のご報告

2018/01/27 12:55
2018年1月PAC活動のご報告です。
明けましておめでとうございます!
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

■日時
2018年1月21日(日)

■スケジュール
0930地鉄・天安門東站D出口集合
1030中国国家博物館見学
1230「泰豊楼飯庄」で新年会ランチ
1400解散、その後、有志による散策

本年最初の活動は「中国国家博物館」見学と老北京八大楼の1つ「泰豊楼飯庄」で新年会です。
昨日までの暖かさはどこへやら、寒い朝になりましたがメンバーが続々と集合地点の地下鉄駅に集まってきます。
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中国国家博物館のみ参加、新年会のみ参加という方を含めて総勢で24名が参加(季節柄、風邪などで急遽欠席の方もいて残念)。
まずは中国国家博物館のチケット配布窓口に並びます。
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0930に駅に集合して安全検査を通過しチケット配布窓口でチケットをゲットして1015やっと中国国家博物館に入場です。
先ずはいつの間にか出来たキンキラキンの天壇祈念殿オブジェの前で記念撮影。
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1145に再び天壇祈念殿オブジェ前集合ということで、地下1階にある中国歴史の基本展示コーナーを中心に各自自由に見学開始。
今回は中国国家博物館に収蔵されている重要文物の資料を事前配布、意識して探しながら見ていきます。重要文物25点はこれら。
1 马家窑文化彩陶舞蹈纹盆
2 马家窑文化彩陶贴塑人纹双系壶
3 仰韶文化彩陶网纹船形壶
4 红山文化玉龙
5 彩绘鹳鱼石斧图陶缸
6 陶鹰鼎
7 仰韶文化彩陶人面鱼纹盆
8 子龙鼎
9 四羊方尊
10 嵌绿松石象牙杯
11 后母戊铜鼎
12 天亡簋
13 利簋
14 大盂鼎
15 虢季子白盘
16 莲鹤方壶
17 包金镶玉嵌琉璃银带钩
18 诅盟场面贮贝器
19 “滇王之印”金印
20 “赤乌十四年”款青釉虎子
21 绿玻璃盖罐
22 绿玻璃小瓶
23 陶骆驼载乐舞三彩俑
24 青釉仰覆莲花尊
25 孝靖太后凤冠

古代からスタートして、まずは有名な鷹形陶鼎(紀元前5000-3000)。
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びっくりの古さです。尚、ほとんどの中国の博物館はフラッシュなしの撮影が許可されていますので遠慮なく貴重なお宝の数々を写真に収めていきます。
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次々に会員から発見した重要文物の展示写真がグループチャットにアップされてきます。
青銅器コーナーでもたくさんの重要文物をゲット。青銅器は3階にも常設展示場があります。
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そして、金印、唐三彩、冠などなど。
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その他の文物も勿論、見応え十分です。残り時間あと僅かなのにまだ西周時代だったりしてちょっと急ぎ見て回る会員も(笑)。
あっという間に集合時間の1145になりみんな集合。事務局の連絡不備もあり、朝の全体撮影に間に合わなかった方々も含めてもう一度記念写真を一枚。
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何度見ても見方のテーマを変えたり、一緒に見て回る人が変わったりするだけで本当に楽しいものです。
結局、この日に会員が見つけ出してきた重要文物リストの25点中で19点を確認。その中には、中国から国外持ち出し禁止の第一級文物も数点拝めることが出来ました。
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まだまだ見たい気持ちはありますが博物館を出て、さあ次は前門西にある老北京八大楼の1つ「泰豊楼飯庄」で新年会です。

博物館を出て天安門広場の横を通過してすぐ「市保・京奉鉄路正陽門東車站」でプレートを参拝します。
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昔々、西太后がここから汽車で天津に行ったとか。

次は前門正面「国保・正陽門」にお参り、いつ見ても威容を誇ります。
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そして前門入口にあるシルクの名店「市保・謙祥益旧址」、今でもシルクのチャイナドレスをオーダーメイドできます。
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ついでに廊房頭条の北京坊へ。ここには清代の宝石商・金店や勧業場旧址などが残ります。
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数年前まで荒れ放題でしたが北京五輪前後から修復、再開発が開始され最近、かつての威容を取り戻しています。
すぐ裏は塩業銀行旧址と交通銀行旧址。いずれも市保です。近くではMUJIホテルが開業を待ってました。
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ついつい寄り道していてレストラン予約の時間が迫って来ましたので急ぎます。
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予約時間ぴったりの1230に到着。泰豊楼飯庄は歴史あるレストランで光緒初年(1875年)創業の山東料理店。
清代には北京八大楼(八大名店のような意味)の1つとして名声を博し、袁世凱や蒋介石など著名人も多く美味を楽しんだそうです。
ちなみに諸説はありますが、一般的には北京八大楼とは泰豊楼、東興楼、致美楼、鸿興楼、正陽楼、新豊楼、安福楼、春华楼を指し、
このうち、泰豊楼、東興楼の2店が現在でも営業を続けています。
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3テーブルに分かれて美味しい、そしてどこか懐かしい味を堪能しました。
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また飛び入りでこの日の夜便で日本にしばらく帰国する会員も駆けつけてくれました。
会長メッセージや今季上期予定などの披露もあり無事終了。

そしてここで一応予定は終了なのですが、簡単には終わらないのがPAC、午後の部に突入します。ほとんどの会員が参加します。

まずは昨年晩秋に行った宣化古城の察哈爾(チャハル)民主政府旧址にちなんで察哈爾(チャハル)銀行旧址(1917年)を見学。近くの前門西河沿街にあります。
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次は楊梅竹斜街にある「泰豊楼飯庄旧址」を見学。今はユースホステルとして利用されているようですが、はいそうです。先ほどのレストラン「泰豊楼飯庄」のもともとのお店です。
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次は「国保・大柵欄商業建築群」を散策。シルクのお店に入ったり、お茶の名店「張一元」に寄り道したりと楽しく散策。
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続いて、会員のリクエストで北京で一番狭い行止まり胡同である「区保・銭市胡同」へ。ここはちょっと入口がわかりにくいですね。
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狭くて行止まりだからこそ、お金を持ち逃げされないために好都合で、清代に両替商が軒を連ねたそうです。
ちなみに幅70センチ。近々、銀銭業博物館に生まれ変わるとの張り紙も出ていました。
寒くなってきたので次は「源昇号・二鍋頭博物館」へ。
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ここはもともと「源昇号」と言う名前の白酒醸造蒸留場だった所で現在は博物館になっています。
1949年に市内にあった12の白酒醸造蒸留場が赤星二鍋頭として統合されたそうです。
ここでちょっと白酒3種類を無料試飲。醸造蒸留場跡の現物や旧ラベル商品展示などかなり楽しめます。最高アルコール度数は67度!寒い日には温まって良いです(笑)。
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ちょっと温まったところで台湾会館(1896年創設)へ。
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北京には地方から出てきて科挙試験を受験する為の宿泊施設として各地域の会館が多く存在しますが、台湾籍の方も32人の方が科挙試験に合格していたそうです。

すっかり夕方になりました。
今日のところはこの辺で。また次回、お会いするのを楽しみにしています。
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第48回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・琢州ツアー)2日目後編

2017/12/23 17:18
お昼まではまだ時間があり、サクサクとスケジュールが進行していたので、清行宮と薬王廟を先に見学しようと行ってみましたが、なんと日曜日はどちらもお休み。嘘でしょ〜、日曜日以外誰が来るねん!
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文句を言っても開けてくれる人もいないため、しょうがないので侵入スペースを探すもちょっと無理そう。悔しい。
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気を取り直してアルコールエネルギーチャージのためランチへ。
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午後の一発目は博物館見学を予定。なので、その対面にある新疆料理のお店に入ります。
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メンバーが以前にも来たことがある店らしくシシカバブはないものの、羊腿肉を堪能しました。
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涿州市博物館は、パスポートを見せると無料で入れます(むしろ証明証不携帯だと入れない)。最近作られたのだと思いますが、田舎町にしては大変立派なデザイン性も高い博物館です。
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涿州は、三国志演義の「桃園の誓い」で有名ですが、地政学的にも非常に重要なポジションを占めているため、歴代王朝が重要視した城市でもあります。
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当然歴史的文物も数多く、ご当地ならではの豊富で貴重な展示物に、ほのかに頭に回ったアルコールとともに上質な時間を過ごせました。
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特に石刻展示が良かったですねー。
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この博物館周辺は、回民街のようだったので、散策がてら涿州清真寺に行くことにしました。途中、偶然にも元々の城壁門跡に当たる通会楼旧址を発見。ラッキー!
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だからプレートに落書きすんなって言ってんだろ、このピーって豊田元議員じゃなくても言いたくなるよね。
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清真寺は、そこからすぐの場所で。とてもシックで落ち着いた寺院でした。誰もいなかったので奥まで入って見まくり放題。

バスに乗り込んで、いよいよ最後のポイント永案寺塔に向かいます。随分と細道になって来て、これ以上はバスは無理という場所から歩きで目的地へ。
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片道1kmくらい歩いたのでしょうか。「まだかよー」と誰もが心の中で思った次の瞬間、右側にボロボロのイケてる古塔が現れて来ました。
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永安寺塔、遼代の創建。仏教舎利塔。刁窝郷塔照村北150m。当初、永安寺の境内にあった塔ですが、現在は塔のみ残存。当地の人からは「塔児照塔」と呼ばれています。八角密檐式実心磚塔。高さ20m。
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逆説的ではありますが、修繕されてないところに趣きがあります。メンバーで来たことがある人が、もう一つプレートがあるはずといって、目の前で埋もれていた石の発掘にとりかかります。
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するとどうでしょう、素敵な省保プレートが現れて来たではありませんか。最後の最後で良いことをしたね、我々。

日も暮れかかって来たので、急ぎ北京に向かって出発しますが、最後の最後でアクシデント。高速道路が事故のため封鎖されたようです。よくもまあこんなにしょっちゅう事故に出くわすよね。しかし、今は便利なツールがあります。きっちりアプリでルート確認して、回り道をして予定より約1時間半ビハインドでケンピンスキーホテルに到着しました。

これにてとっても楽しかった1泊2日のツアーは終了なのですが、ほとんどのメンバーが楽しさの余韻を引きずって反省会になだれ込みます。
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本当に本当に楽しいツアーでしたね。またしばらくPACロスになるんだろうな〜。

(終)
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第48回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・琢州ツアー)2日目前編

2017/12/23 15:54
2日目(12月10日)

朝は清々しく起きたいものですが、やはり若干昨晩のお酒が胃に残っています。とはいえ、例年よりはシラフに近い感じです(笑)。
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腹ペコの嫁さんプレッシャーで7時スタートの朝食ビュッフェに定刻に向かいます。もう既にメンバーがいてセレクト中。まさかオープン前から並んだのか?
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かなりまともなビュッフェで、飲茶もあるし、スイーツも充実。ブラックのコーヒーさえあれば最高だったのですが、そこまで贅沢は言えません。個人的にはなんだか卵料理ばかり食べたような。

と、そこそこ褒めまくったホテルでしたが、16室抑えていたのでチェックアウトはさすがに時間がかかりました。横から別のお客さんの圧もガンガン来ます。8時45分出発予定が、9時出発に。ただ、最初の目的地は歩いて5分の場所。目の前の北拒馬河にかかる、永済橋です。涿州観光は経験者もいて、道案内してくれるので楽チン。
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永済橋。明の万暦二年(1574年)創建。別名を、大石橋。創建時は、「拒馬河橋」と呼ばれていました。長さ153m、幅8.5m、高さ4.2m、九孔石拱橋。清の乾隆二十五年(1760年)に、「永済」と改名。涿州八景の一つで、「拒馬長虹」と称されています。かつて乾隆碑や李鴻章手筆「永済橋」碑などあったようですが,革時に壊された模様。
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最初に北側からアタックしてみますが、入口を結構頑丈にふさがれています。メンバーが下から潜って侵入し、「大石橋」プレートを撮影。ナイスです!
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永済橋の隣にかかる現在使用されている橋を歩いて、その勇姿を横から眺めます。美しい橋です。メインのブリッジになっている部分以外のロングテールがかなり長く残されています。貴重です。
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次に、南側からアタック。ここは、皆がそこそこ普通に侵入して、国保の「永済橋」プレートをゲット。ふと、外側に打ち捨てられている壊れたプレートを二つ並べて見ると、なんと省保プレートと言うことが判明。大切にしてほしいものです。
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そこから細道をくぐり抜けて、涿州の古城壁を見学。見事としか言いようがない規模と距離で残っています。範陽路以北、北関華陽公園の南、城西北街の東側に位置。現存している城壁は清代康熙六年(1667年)に再建したものだそうです。
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2005年の城壁調査で、現存する城壁の長さは1038.5m,幅0.3mから21.4m、高さ0.5mから12.7mということが判明。その中で、現在の華陽公園南側の北城壁は、西から東へ107号国道から小頂街附近に152m残存。西城壁は2か所現存しており、北から南へ華陽公園から華陽路に至る長さ786.5mが残っています。商業機械工場には100mほど残っています。
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ついで、その近くにある涿州双塔を目指します。胡同の中を分け入ると、まずは一つ目の北側に位置する塔「雲居寺塔」が現れます。雲居寺塔、遼の大安八年(1092年)創建。六層密檐式で、高さ56m。
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その異様な圧というか荘厳さは、まさに遼代の様式ならではのもの。残念ながら、四方を住宅で囲まれていて、プレートがあるであろう敷地内には入ることはできませんでしたが、その周囲を歩きながら色々な角度で堪能させていただきました。
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ついで、その雲居寺塔から直線300mの距離にある南の塔「智度寺塔」に向かいます。智度寺塔、遼の太平十一年(1031年)創建。五層密檐式で、高さ44m。こちらの方が補修した後が色濃く、随分と綺麗になっていました。
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どこか小高いところに登れば、二つの塔をもう少し一緒に並べて撮影できるのになあと思いつつ、南塔側から記念撮影。
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予定にはありませんでしたが、ついでに地図上で発見した高家大院に寄ってみることにしました。プレートはないようでしたが、家の前で商売していた金具屋の親父が「ここが高家大院だよ」と教えてくれました。
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現在は、普通に民家になっていましたが、清代らしい邸宅の規格はそのまま残っていました。もちろんボロボロで壁などは修復されてましたが、中軸線と配楼の配置はそのまま。屋根瓦も一部昔の痕跡を残しているようでした。
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(2日目後編に続く)
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第48回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・琢州ツアー)1日目後編

2017/12/23 11:46
(1日目前編からの続き)
しこたま飲んでバスの中でうとうとしていると、あっという間に清西陵へ到着。毎年恒例行事の易水での荊軻遊び(笑)。
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「風粛々として易水寒し、荘士一度さりて復た還らず」ついつい語ってしまいます。さすがは司馬遷の名文です!
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そこから神道を少し歩いて、世界遺産プレートと前楼をみてバスに戻ります。
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まずは先に光緒帝の崇陵へ。
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毎年来ていますが、昨年修復してた時に比べて随分と整備が進んでいました。
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全て参観できる通しチケットはオフシーズン価格で80元。先ほどの戦道の45元に比べるとお得な気がします。
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チケットを切られる際に、「地下宮殿は停電だから気をつけて」とスタッフから言われ、真っ暗で何も見えないのではと言う心配がよぎりましたが、ろうそくが数多く立てられていて、むしろ幻想的な雰囲気で良かったです。
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ただ、石扉のレリーフなどはやはり見えにくかったですが。
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冬場の午後の参観は時間との戦いです。もちろん17時まではオープンしているのですが、16時半には日が暮れてきて文物を見るのが厳しくなります。急ぎバスに乗り込んで、雍正帝の泰陵に向かいます。
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勝手知ったるとはこのこと。バス停から降りるや最短距離で泰陵へ。今日も清々しい青空で良い天気です。随分と着込んできましたが、コートは脱いでも全然大丈夫でした。と言うことで、泰陵が例年のように荘厳な姿で我々の眼前に現れてきます。何度見ても飽きない光景です。
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石碑を見て、前殿をくぐり、寝陵部分をただひたすらまっすぐ歩きます。
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寝陵の上は、円を描いて歩けるようになっていて、そこを一周しながら物思いに耽るのが例年の慣習になってきました。思うことはいろいろですが、歴史ミステリーについて研究課題が次々に頭をよぎります。
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雍正帝からも「また来たの?あんたも好きね」と言われているような気がします(笑)。

泰陵から昌西陵に向かうバスの車窓から、嘉慶帝の昌陵を横目で見つつ(未開放)、そのお妃の陵墓へ。この昌西陵に寝るお妃が歴史上有名とかではなく、ここにある回音壁で遊ぶことが目的です。
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時間はすでに16時20分。急いで回音壁に集合して、まずは私の方から「北京あんてぃーく倶楽部」と第一声。
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澄み渡る空気に波動が響き渡り、それが自分の声なのか、はたまた、天から降りて来る福音のようにも思える。そんな楽しい音響効果がここにはあるのです。
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各人、今回初めて来た人も毎年やって来てる人も、初めてやっても何回やっても感動が胸にしみます。ちょうど日も暮れかかって、その美しい夕焼けが地平線に沈んで行く様が、さらに素敵な1日のフィナーレを演出してくれました。
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18000歩くらい歩いていたようで、涿州に移動するバスの中では皆さん疲れ切って熟睡してました。遊び疲れた子供の様な人たちです(笑)。

今回のホテルは、涿州市内の水岸花城商務酒店。昨年、易県のど田舎に宿をとったため、お湯が出ないとか部屋が寒いとか色々問題がありましたので、今回は下調べバッチリで選びました。良いホテルでしたね。うちの部屋でゴキを5匹ほど退治しましたが。。。
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夜は、素晴らしい日本酒、白酒を持参して、お隣の火鍋屋で大宴会。席の関係上2つに分かれてしまったのが残念でしたが、大いに食って飲みました。
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ホテルに戻ってからは、毎年恒例の部屋飲み大宴会。正気を失ったメンバーがベットで泳いだりしています。まあいっか、年末だしね。
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散々騒いで飲んで笑って12時前にはお開きになりました。

(2日目前編に続く)
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第48回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・琢州ツアー)1日目前編

2017/12/23 10:37
12月度の北京あんてぃーく倶楽部活動報告になります。


長編になりますので、1日目と2日目をそれぞれ前後編に分けて、全4部で報告します。
また、「琢州」の「琢」は、本来「氵」が正しいのですが、文字ばけするため便宜上当て字しています。

12月は毎年恒例の清西陵へのお墓参り1泊2日ツアーです。清西陵を軸に、その周辺を散策するのを目的としていますが、今年は房山区の張坊と河北省&琢州を巡ることにしました。

■日程表

@12月9日(土)

0730 ケンピンスキーホテルロビー集合

0900 張坊鎮宋遼戦道

1000 極楽禅寺

1100 張坊村五級密檐霊塔

1200 昼食

1330 清西陵(泰陵、崇陵、昌西陵<回音壁>)

1800 ホテル着(涿州・水岸花城商務酒店)



A12月10日(日)

0845 永済橋

0930 古城壁、双塔、高家大院

1130 清行宮、薬王廟

1200 昼食

1330 琢州博物館、琢州清真寺

1530 永安寺塔

1830 北京市内着→反省会

9日朝、ケンピンスキーホテルのロビー。大体のメンバーが早く集合するため、私も早めに到着。今年の北京あんてぃーく倶楽部の締めくくりを飾るツアーは、参加者16名。バスは32人乗りの大型バスを準備。機動力は弱いですが、車内時間も長くなるツアーだけにゆったりを優先しました。
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毎年恒例で美しいケンピンスキーのクリスマス装飾に見送られて、ほぼ予定通り出発。バスの中は前日リクエストを募っていた80年代アイドルソングと各年代を代表するアイドルソングをBGMに、朝からノリノリ。あっという間に、最初の目的地である張坊に到着。
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張坊鎮宋遼戦道。周口店から清西陵への途中、北京市内から西南約80km、河北省境の房山区張坊鎮張坊村に位置しています。およそ1000年前、北宋時代に遼の侵入を防ぐために造られた地下道であり、戦時中に地下に兵士を埋伏させ敵を急襲した場所です。
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1991年に発見されたこの地下戦道は、全長1500m。現在500m程が修復され一般に公開されています。北京地区で発見された唯一の軍事用道路であり、地下4m、幅2m、耐火制のレンガを積み上げ築かれており、両側にチベット兵の駐兵室、兵器室、指令室などがあります。明の洪武期にも、元朝の反抗に備えるために使用されていました。
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それにしても寒い!流石に田舎に来ると気温がぐっと下がる気がします。おまけにチケット代が45元。強気です。本当にそれだけの価値があるのか疑問を抱きながらも、いざ地下道へ。
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中国ではおなじみの三色にライトアップされた一直線の道をひたすら進みます。両側の壁には、飽きを来させないように各部屋に模型、壁にはパネルがこれでもかとかかっています。でも、結論を言うと飽きます。
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ただ、今回初めてわかったのは、ここはこの戦道の張坊段にすぎず、さらに周辺のニつの村からも同じような地下戦道が発見されていると言うことです。しかも、1000年も前に作られていたものが、歴代使用されて、日中戦争の際にも使われていたのに、91年になってようやく日の目を見たと言うのは面白い話でした。
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サクッと早歩きで地下道を踏破し、地上に出て極楽禅寺を目指します。
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道端の表示には500m先とありますが、寒空の中結構な距離を歩きます。張坊村西南の坊易路南側。道路を渡って南の方に回り込むと正門がありました。
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極楽禅寺、唐代の創建。明代に隆盛を極めたようです。嘉靖八年(1529年)、乾隆五十年(1785年)にも重修され、光緒年間(1883年)に、京都内務府営造司正黄旗首領・化天徳と信者たちによって修復工事がされました。
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その年、僧の数は数百に上り、線香の煙が絶えなかったそう。その素晴らしい廟は抗日戦争の際に破壊されました。2011年、政府の要請により意音光師父が極楽禅林住職に任ぜられ、修復と再建を行いました。近年、大雄宝殿と後罩楼を再建したようです。新築感が漂っています。
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確かに、建築様式は明代のもので、一番奥に今は使われてないようですが蔵経閣(后楼)まで備えています。本当はこのあたりにもう一つ革命烈士郭士紅の記念碑があるはずなんですが、見当たらず断念。

プラプラと歩いて、張坊小学校にあるという五級密檐式の塔へ。10分くらい歩いたところで、細道の中に塔を発見。
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遼代創建。別名を、張坊小学塔、懺悔正慧大師霊塔。石製の八角経鐘塔。正慧大師、姓は斉、河北省永清県の人。幼年時に出家し、北京の天王寺(天寧寺)の三蔵を師とし、また永泰寺の司徒疏主大師に従事しました。生涯清貧を貫き、人々の尊敬を集めましたが、遼の天慶六年(1116年)に逝去。その功徳を想い建てられたのがこの塔です。
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ものの解説では、正面には「奉為先師大師特建佛頂尊勝密言霊塔」の文字が刻まれており、また、各面に塔銘と『佛頂尊勝陀羅尼経』が刻まれています。それを見るために、正面に回り込もうとしますが、どうやら学校の中からしか入れないようでした。
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時間もちょうどお昼どき、清西陵の周辺にはろくなレストランがないことも毎年のことで承知していたため、張坊にて昼食をとりました。最初の宴会で、16名で円卓を囲めたのでいきなり盛り上がりました。
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(1日目後編につづく)
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第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目D

2017/05/05 17:31
■2日目D
いよいよ石家庄ツアー最後の目的地、河北博物院に到着。なんとか2時間ほど見学時間を確保できました。ここまで素晴らしいスケジューリングです(笑)。
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河北博物院は、私個人では今回3度目の訪問です。そのうち最初の1回は、まだ新しい博物館ができてないときでした。今は、その旧博物館部分が文物保護指定を受けています。
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その旧博物館側から入場して、新館の方に進んでいきます。お土産コーナー、食堂をすぎて第一展示室から見ていきます。

第一展示室は、北斉の壁画展示。
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続いて、河北の官窯展示室。邢窯、定窯、磁州窯、井陘窯の河北四大窯がわかりやすく展示されています。この辺がこの地方博物館の良さですね。良い意味でしつこい展示。
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<邢窑>
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<定窑>
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<磁州窑>
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<井陘窑>

次に、戦国中山国の展示。あの名将楽毅を輩出した国ですが、戦国時代のほんの一時期存在した国(前414〜前296年)のため、あまり知名度がなく幻の王国とも呼ばれています。狄の国とも言われており、騎馬戦に強く、中原諸国とは一線を画していましたが、同じく兵制改革で騎馬隊を組織した趙の武霊王に滅ぼされてしまいます。
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そして、漢代に存在した中山国展。別名、満城漢墓展。漢代は、秦の早急な中央集権制の失敗に鑑み、皇室の縁者を地方に封じる郡国制を敷きます。その封国された国の一つが中山国です。初代の国王であった、中山靖王劉勝は、後の劉備がその子孫を名乗ったことで有名ですが、子供だけで100人を超えていたという淫乱な王として知られています。
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1968年、その墓が満城の山中から偶然発見され、さらに金縷玉衣をまとった劉勝とその夫人の遺体が見つかりました。また、おびただしい数の陪葬品も発見され、中でも長信宮灯のようなランプ工芸品は世に有名です。
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他にも河北の石器時代から、西周燕国、趙国の文物など、これでもかと河北ならではの歴史展示が展開されます。いいですね〜。
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この時点で、ほぼ2時間経っていたのですが、最後にどうしても曲陽石刻展を見たく、ざざっと見て回ります。するとまさにこの展示室の中に驚きの文物が展示されているではないですか。
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まず、今回見た修徳寺塔から出土した仏像が展示されます。漢白玉で作られた仏像はシンプルですが魅力的です。
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やはり石刻芸術ですから、仏教美術が多いのですが、なんと今回渋滞にはまっていけなかった王処直墓から出土された壁画や墓誌銘がここに展示されてあるではないですか。逆転サヨナラの気分です。
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いやー、素晴らしい博物館でした。今回は本当に堪能しました。見学順序もわかりやすく設計されており、展示物もこの石家庄だからこその文物を十二分に陳列されていました。
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また来たい!

それでも少し余裕を持って石家庄駅に到着。お約束で待合イスのところでビールで乾杯。
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帰りも1時間半で北京西駅に無事到着。何事もなく皆生還できました。
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今回の一泊二日の石家庄・曲陽ツアーは、北京あんてぃーく倶楽部の活動としては初めての春のお泊まりツアーでしたが、季節も大変素晴らしく、見るもの全てにワクワクさせられました。参加した13名のチームワークも抜群で、色々ありましたが思い出に残る楽しいツアーでした。
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おわり。
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第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目C

2017/05/02 11:49
■2日目C
正定という街は、一日ぷらぷらしても街のいたるところに見所があって飽きることがないように思います。正定の最後に行く予定にしていた正定文廟の近くに、唐代の碑が残っているというので先にそちらを見学に。
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ところがちょうどその石碑自体を清掃中で、ものすごい土埃が立っています。「大唐河郡王紀功載政之頌碑」。普段は柵があって入ることができない扉が空いてたので、土煙を浴びながらも中に入っていきます。見事な石碑であることはわかりますが、如何せん次から次に降ってくる土埃でギブアップ。
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こういうお仕事する方も大変です。身体中砂だらけ。
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時間も時間なので、先に昼食をとることに。正定のソウルフードは、どうやら焼売と哈咯面ということで、その二つが食べられるお店をチョイス。
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焼売は、ワンタンに近いような焼売で、蒸しではなく茹でてます。なんとなく適当な感じですが、味はとても美味しい。どんどん箸が進みます。
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哈咯面(ハーローミエン)は、蕎麦ネタのようなものを専用の機械で寒天のように面状に絞り出して直接熱湯に落とし込んで茹で上げます。それを羊肉や白ネギ、フェンネル、棗などなどの香料で出汁をとった高湯(スープ)に入れたものになります。なるほど今まで味わったことのない風味豊かなスープです。こちらも抜群にうまい!
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お腹もこなれたところで、正定文廟を目指します。ちょうど趙雲広場のすぐ裏手にあり、趙雲広場の巨大な趙雲像を横目にたどり着きました。
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中に入ると、観光客は誰もいません。随分とだだっ広く整備された文廟は、その光景は素晴らしいのですが、なんとなくありがたみに欠ける場所でもあります。隆興寺を見た後なのでなおさら近代建築感が漂っています。
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しかし、元々は明代には文廟として整っていたようで、しかも、大成殿の建築様式は、五代の建築様式を残していると書いてあります。ちょっと信じられませんが、せっかくきたので孔子に参拝。
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それにしても気持ち良い青空です。いよいよこのツアーの最終目的地、河北博物院へ向かうため石家庄市内に戻ります。

2日目Dにつづく
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第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目B

2017/05/01 13:13
■2日目B
天寧寺から、いよいよ趙雲廟へ。

趙雲(?〜229年)、字は子竜、常山真定の人。言わずと知れた三国蜀の名将。その物語を語り出すと切りがないので語りませんが、趙雲の出身地である常山真定とは、まさにこの正定になります。蜀の武将ですから、お墓は今の四川省(大邑県)にあります。この正定の趙雲廟は、元々存在した廟を改修して、1996年に観光資源として新しく作られたものになります。
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ということがわかっていても、三国志ファンには大変嬉しい場所です。かくいう私も趙雲大好き!目の前に趙雲が白馬に乗った銅像が現れただけでミーハー心に火がつきます。
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早速中に入ると、正面に劉備を中心に関羽、張飛、諸葛亮、趙雲と並ぶ君臣殿があります。意味不明な感動がこみ上げてきます(笑)。中はちょっとした展示館になっていて、大邑の趙雲墓から持ってきた土などが展示されています。
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その後ろに回り込むと、順平侯殿があります。順平侯は、趙雲の死後に追賜された官職名です。中央に祀られた趙雲を若干厳かな感じでお参り。
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一応中央ラインは神道の役割を果たしているのですが、本来なら石像が置かれる場所を植木を石像や龍の形に刈り込んで配列しているのが印象的でした。よく考えましたね。
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次に、正定を代表する、いや中国を代表すると言っても過言ではない古刹・隆興寺に向かいます。前回きた時は、修繕中で見れない箇所もあったのですが、今回はほぼそれも終わっているということで、大変楽しみにやってきました。
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隆興寺。五胡十六国時代の後燕・慕容熙の龍騰苑だった場所を、隋の開皇六年(586年)に庭園内に寺院を建立し、龍蔵寺と名付けたのが始まり。唐代に、龍興寺と改められ、清代に隆興寺に改称されました。
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正面入り口に当たるのは、天王門。その対面に立派な双龍照壁(影壁)も残っています。天王門からして歴史の重みを感じますが、「勅建隆興寺」の扁額は康熙帝の御筆になるもの。
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天王門をくぐると、目の前に大覚六師殿遺址があります。もともと北宋の神宗元豊年間(1078〜1085年)に建てられた大覚六師殿があったようですが、民国時代に壊れたようです。
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そのすぐ奥が摩尼殿。これも北宋時代、皇祐四年(1052年)の創建。他の北宋期の建築物の中でも珍しい十字形に作られた大殿で、明清時期も手を加えられていますが、建築物全体の風格は北宋時のままを今に伝えています。
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内部壁面の壁画も保存状態は素晴らしいです。
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摩尼殿をくぐって北側から外に出て牌坊をくぐると、戒台を正面にその奥に慈氏閣、左手に転輪蔵閣、敷地のあちこちに石碑が林立している空間が現れます。その光景だけでも十分圧倒される威圧感を感じます。
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慈氏閣は、左右に康熙帝、乾隆帝御筆になる石碑を従えた北宋代の建築物。明代に重建したためか、解説の年代はどの建物もほとんど明代になっています。その瑠璃瓦の青空に映える光景はいつまで見てても飽きが来ません。
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転輪蔵閣は、八角形木製のお経蔵書棚です。からくり式で常に本棚が動くようになっていたのは、仏教世界の輪廻転生を表したと言われています。恐るべき宋代の科学力の高さです。今もおそらく動くとは思います。沈括の『夢渓筆談』をもう一度読んでみようと思いました。
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もう一つ、見ておきたいのは「龍蔵寺碑」です。隋の開皇六年(586年)に建てられた石碑で、「恒州刺史鄂国公為国勧造龍蔵寺碑」の文字がはっきり見えます。
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慈氏閣の裏手に回ると、大悲閣が現れます。この大悲閣が隆興寺メインの大殿です。なぜなら、この大殿の中に、高さ21mを超える銅製の千手観音像が祀られているからです。河北四宝に数えられるこの千手観音は、唐代に造られたと言われています。四十二の腕を持ち、それぞれに宝鏡や宝剣などの法器を持っています。雍和宫の仏像を想起して貰えばわかりやすい圧倒的なスケールです。
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この千手観音は、唐末の騒乱で一旦崩れ去ったようで、現存するものは北宋の初代皇帝趙匡胤によって再建されたものです。現在に至るまで、何度も修繕が行われており、人々の信仰心の篤さに感心せざるを得ません。千手観音が乗っている須弥座の彫刻も見事。
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慈氏閣の裏手には、須弥殿があり、貴重な仏像がこれでもかと配置されています。
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さらにその奥には毘盧殿があり、三層に仏が重なり合った珍しい仏像が安置されています。
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最後に、夢堂和尚経幢と唐碑を見に行きます。さらにその裏手にも、もともとの名称であった龍騰苑の名前を冠した裏庭が広がります。そこは今回はあえて見ませんでした。すでにお腹いっぱい。
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午前中だけで、随分と正定古城を満喫しました。

2日目Cにつづく
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タイトル 日 時
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目A
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目A ■2日目A 臨済寺を後にして、一旦バスに乗り込みます。どこもかしこも工事だらけで、次の場所は普通に行けば歩いてでも行ける距離なのですが、そのあとのことも考えてそうしました。バスで10分、開元寺須弥塔に到着。 ...続きを見る

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2017/04/29 10:58
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目@
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目@ ■2日目@ ...続きを見る

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2017/04/28 14:08
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)1日目A
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)1日目A ■1日目A ...続きを見る

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2017/04/27 11:43
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り) 1日目@
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り) 1日目@ 4月度の北京あんてぃーく倶楽部の活動報告になります。 ...続きを見る

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2017/04/26 18:37
第38回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・易県一泊二日ツアー)2日目パートA
第38回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・易県一泊二日ツアー)2日目パートA >2日目パートA そこから、さらに農村の細道をひた走ります。そろそろ大通りに出るかなと言うところで、運転手が左にハンドルを切ろうとしたところを右に行くように指示出し。なんと曲がったすぐ左手の丘の上に目的の古塔を発見。 ...続きを見る

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2016/12/23 14:32
第38回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・易県一泊二日ツアー)2日目パート@
第38回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・易県一泊二日ツアー)2日目パート@ >2日目パート@ 12月11日(日)、朝起きるとそこそこ気持ち悪い。まあ昨夜あれだけ盛り上がればしょうがないよね、と思いつつ、7時にはホテルの朝ごはんを食べにレストランへ。信じ難いことに、呑んだくれていた皆さんはすでに食事中。皆さん元気です。 ...続きを見る

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2016/12/23 14:06
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海昏侯墓 本日は北京の文物の話ではありません。そのあまりに衝撃的な発見から早5年。毎年驚きの報告が届く、江西省南昌市で発掘された漢代の列侯である海昏侯劉賀の墓のお話です。 ...続きを見る

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2016/06/28 10:35
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第31回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(定州ツアー) パート@ 5月22日(日)に実施された第31回北京あんてぃーく倶楽部活動報告になります。 ...続きを見る

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2016/05/24 07:10
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