アクセスカウンタ

zoom RSS テーマ「中国国内旅行」のブログ記事

みんなの「中国国内旅行」ブログ


後編:2018年5月(オフ会)北京あんてぃーく倶楽部活動報告(明十三陵を全訪問)

2018/06/24 21:32
2018年5月(オフ会)北京あんてぃーく倶楽部活動報告(明十三陵を全訪問)の後編です。

1145 「裕陵(第6代/8代皇帝・正統帝/天順帝・英宗復位)」です。
画像

こちらも綺麗に修復された門はしっかり閉ざされています。
画像

画像

画像

1449年の土木の変でオイラトの捕虜になってしまい、一度は弟が7代皇帝として即位しますが、その後また8代皇帝に復権しました。6代14年、8代7年と合わせて21年の在位期間、38歳で崩御。

1155 「茂陵(第9代皇帝・成化帝)」です。ひっそりしています。
画像

画像

実際にはほとんどが未開放なのでこのように開かずの門だけ見るという修行僧のような行脚が続きます(笑)。
画像

成化帝:道士を重用し方術に傾倒。自分の乳母で19歳上の万貴妃を寵愛し、その万貴妃が牽制を奮って政治は混乱。東廠に対して西廠が出来たのもこの時。
画像

画像

1210 「泰陵(第10代皇帝・弘治帝)」です。柵で遮られていますが中の様子は良く見えます。
画像

画像

成化帝の三男で、万貴妃の追手を逃れ、幾度となく廃されそうになりながら成人。即位後は政務に励み「明中興の祖」となった。なんか、ドラマになりそう〜(笑)。
画像

1225 続いて 「康陵(第11代皇帝・正徳帝)」です。
画像

画像

陵墓の前は駐車場になっていて大型観光バスが何代も駐車しています。春餅宴料理を村の観光としているようで、たくさんの観光客が春餅を食べに来ていますが、誰も「康陵」は気にも留めません(笑)。
画像

画像

正徳帝は放蕩生活を続け、31歳で崩御。ここから明は傾いた国勢を元に戻すことが出来なかったとあります。

1255 「定陵(第14代皇帝・万暦帝)」です。食事は簡単にバス内で済ませどんどん行きます(笑)。ここは明十三陵で唯一地下宮殿が見学出来ます。「長陵」とともに観光客でにぎわっています。
先ずは三座橋、橋が3列並んでいます。
画像

画像

入場前にプレートと記念撮影。
画像

画像

この「定陵」のメインは一番奥に有る地下宮殿(石室)ですので、どんどん先に進みます。
画像

画像

大きな石室です。
画像
画像

画像

地上に出てきて展示を見学。発掘の様子などが紹介されています。
画像

画像

画像

万暦帝は10歳で即位し、歴代最長の48年の在位期間を誇ります。国勢に必要な費用は惜しみ、私的な事柄には凄まじい贅沢をした、とあります。

1345「昭陵(第13代皇帝・隆慶帝) 」です。
画像

画像

本来、昭陵は観光客に一般公開されていますが、現在は修復工事のため閉鎖中でした。
画像

画像

政務は大学士が代行し、隆慶帝本人は酒色に溺れて36歳で崩御、となっています。

1450 いよいよ13個目の「思陵(第17代皇帝・崇禎帝)」です。
画像

画像

崇禎帝は明朝最後の皇帝で故宮の北の現在の景山公園で自害されました。享年34歳。
画像

画像

画像

画像

近くにはその際に一緒に自害した宦官(王承恩)のお墓があります。
画像

画像

画像

1530 そして今日の最後が朝のスタート地点に戻り、「神道」です。
画像

画像

長陵の神道ですが、十三陵全体の神道のようになっています。
画像

画像

画像

画像

左右に並ぶ全部で36体の石像は圧巻です。神獣、獅子、駱駝、象、馬、将軍、品官、功臣などです。
画像

画像

画像

画像

画像

本当に精巧に作られておりいつまで見ていても見飽きません。満足感いっぱいで撤収。
画像

1800 夕方、帰路も渋滞もなく順調に北京市内に戻りました。そしてもう一つの楽しみ反省会。今日もまたアサヒビール片手に、楽しかった一日に感謝です。

結論;明十三陵は一日で全部制覇出来ます(笑)。開放されている陵墓が少ないからですが、それよりも今後はさらなる陵墓の開放が望まれますね!
画像

それではまた次回。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


前編:2018年5月(オフ会)北京あんてぃーく倶楽部活動報告(明十三陵を全訪問)

2018/06/24 21:27
画像

2018年5月(オフ会)PAC活動のご報告です。
今回の北京あんてぃーく倶楽部活動は「1日で明十三陵を全て訪問」です。

不定期シリーズ「北京の世界遺産めぐり」のご報告も兼ねております。

明十三陵を訪問された方は多いと思いますが、十三陵を全て、それも1日で訪問するという、ちょっと変わったテーマに12名メンバーが元気に挑戦。さてその結果は如何に。

■日時
2018年4月22日(日)

■実際ルート
市内集合
→長陵・石牌楼
→長陵・大紅門
→徳陵(第16代皇帝・天啓帝)
→永陵(第12代皇帝・嘉靖帝)
→景陵(第5代皇帝・宣徳帝)
→長陵(第3代皇帝・永楽帝)
→献陵(第4代皇帝・洪熙帝)
→慶陵(第15代皇帝・泰昌帝)
→裕陵(第6代/8代皇帝・正統帝/天順帝・英宗復位)
→茂陵(第9代皇帝・成化帝)
→泰陵(第10代皇帝・弘治帝)
→康陵(第11代皇帝・正徳帝)
→定陵(第14代皇帝・万暦帝)
→昭陵(第13代皇帝・隆慶帝/工事閉鎖)
→思陵(第17代皇帝・崇禎帝)
→長陵・神道→反省会。
※国保=国家文物保護単位

当日を時系列で追ってみます。
0730 早朝、北京市内に集合して、借切りバスで「十三陵」に向かいます。遅刻もなく定時出発。

そもそも明朝は17代の皇帝がいました。

初代洪武帝 明孝陵(南京、世界遺産)
第2代建文帝 北京以外
第3代永楽帝 長陵(@北京明十三陵)
第4代洪熙帝 献陵(A北京明十三陵)
第5代宣徳帝 景陵(B北京明十三陵)
第6、8代英宗 裕陵(C北京明十三陵)
第7代景泰帝 景泰陵(北京海淀区)
第9代成化帝 茂陵(D北京明十三陵)
第10代弘治帝 泰陵(E北京明十三陵)
第11代正徳帝 康陵(F北京明十三陵)
第12代嘉靖帝 永陵(G北京明十三陵)
第13代隆慶帝 昭陵(H北京明十三陵)
第14代万暦帝 定陵(I北京明十三陵)
第15代泰昌帝 慶陵(J北京明十三陵)
第16代天啓帝 徳陵(K北京明十三陵)
第17代崇禎帝 思陵(L北京明十三陵)

初代の洪武帝は南京、第2代皇帝は北京以外に(陵墓は無いとする説もあり)、第7代皇帝は海淀区の娘娘府に陵墓がありますので、本来17-3=14ですが、第6代と第8代皇帝は同一人物(復位)なので全部で十三陵となります。

0835 渋滞もなくまずは「石牌楼」に到着。
画像

十三陵全体の総門です。
画像

画像

もともとは「長陵(第3代皇帝・永楽帝)」の陵墓に続く、神道の入り口だったと思われます。

0845 次はすぐ近くの「大紅門」。世界遺産の大きな石碑が迎えてくれます。
画像

これも同じく「長陵」の一部。風格のある大門です。
画像

つまり「石牌楼・大紅門・神道(石獣像など)・長陵」へとまっすぐにつながっており、他の陵墓はそこから枝分かれしたような構造になっています。
画像

画像

0910 十三陵エリア全体の一番右にある「徳陵(第16代皇帝・天啓帝)」です。
画像

画像

ひっそりとしています。地名は徳陵村。
画像

画像

Wikipediaによれば天啓帝は16歳で即位するも魏忠賢の専横の時代で、やることもなかったのか、木工細工に熱中し、23歳で没したとなっています。
画像

全国重点文物保護単位のプレートに加えて最近、世界遺産プレートがすべての陵墓に追加設置されました。

永陵まで歩く手前に、徳陵の石碑と石橋を通過します。
画像

画像

画像

石橋はアーチが5つある大きく立派な五孔橋です
画像

画像

渡り切るとまっすぐ先に徳陵が拝めます。
画像

画像

画像

0945 約2キロ程度歩いて「永陵(第12代皇帝・嘉靖帝)」へ。
画像

「永陵(第12代皇帝・嘉靖帝)」に到着。
画像

こちらも陵墓の前に贔屓が背負った立派な石碑があります。ひっそりしています。
画像

画像

画像

嘉靖帝は歴代2位の45年間という在任期間を誇り、道教に熱中したため、道教に携わる人を多く高官として登用。最後は59歳で丹薬で中毒死とあります。

ここで貸切バス運転手との連絡ミスで15分程度待たされることに。十三陵全制覇に暗雲が立ち込めます。

1020 「景陵(第5代皇帝・宣徳帝)」に到着。
画像

柵に閉ざされた遠くに門がありますが、その横のプレートには間違えなく「景陵」の文字を読み取ることが出来ます。
画像

画像

画像

ここからの記念撮影は皇帝の代を手で表すことに(笑)。
画像

画像

4代皇帝仁宗洪熙帝の仁と宣宗宣徳帝の二文字で「仁宣の治」と言われたこの時代が明の全盛期と言う評価が一般的でこの時代の陶器が明代で最も評価が高いと言われているようです。
しかし、宣徳帝は宦官に学問を許し、太監(皇帝秘書)の権限を強化してしまい、その後の宦官政治を助長してしまいました。

1035 「長陵(第3代皇帝・永楽帝)」です。
画像

画像

こちらは今までの陵墓と異なり、大々的に観光用に公開されていますのでたくさんの観光客が訪れています。
初めて訪問のメンバーもいるのでチケットを買って入場。チケットは通票で購入。神道に行かないと逆に損してしまうのですが、PACメンバー掛けに出ます(笑)。
入ってすぐ右の墓碑もすごく立派です。
画像

画像

画像

この方が永楽帝。初代洪武帝の四男。
画像

画像

1398年、3年に渡った靖難の変で甥(洪武帝長男の子)である二代皇帝建文帝との戦いに勝ち、北京に都を移し、ここから北京での明の政治が始まります。
宦官の諜報活動及び残虐な刑の場であった東廠を作ったのは、まさにこの人です。

宝物の一部が展示されています。
画像

後ろには大きな土山と楼があります。お墓の石室は公開されていません。
画像

画像

1118 「献陵(第4代皇帝・洪熙帝)」です。綺麗に修復された門は固く閉ざされています。
画像

画像

幼少より病弱、超肥満体型で自分で歩くことも困難だったとありますが、先の第5代皇帝宣徳帝と並び「仁宣の治」の立役者です。
画像

画像

1126 「慶陵(第15代皇帝・泰昌帝)」です。
画像

画像

こちらは柵で仕切られていますが、中の様子は良く見えます。だいぶ草が多い茂っています。
画像

画像

慶陵の手前には石橋もあります。
画像

幼い頃から大変優秀だったそうで、臣下に期待されて即位するもわずか一ヶ月で崩御してしまいました。
画像


後編に続く〜
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


後編:第53回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(河北省シン台1泊2日ツアー)

2018/06/14 14:04
第53回PAC河北省邢台1泊2日ツアーの後編(二日目)です。

■実際ルート
南賈郷石塔(国保・唐代)
→開元古寺/開元寺(国保・唐の開元年間)
→天寧寺前殿(国保・俗称西大寺、唐代)
→ランチ(熱河食府)→清風楼(省保・元代、順コ府のシンボル)
→邢台道徳経幢(国保・唐739年)
→邢台火神廟/清代塔(省保・明1460年/火神真君廟)
→珍珠街
→塔林公園(開元寺/天寧寺高僧の墓地)
→浄土寺
→邢台東駅(G6736、1713邢台東)
→北京西站
→反省会
※国保=国家文物保護単位、省保=河北省文物保護単位

今日もいい天気です。
画像

ホテルで朝食をとり、マイクロバスで30分ほど、村人にいろいろ場所を聞いて国保・南賈郷石塔(唐代)に到着。
画像

画像

画像

もともとは近くにもう1つあり、白塔、黒塔と呼んでいたそうです(現存するのは黒塔)。

次は市内中心部にある国保・開元古寺/開元寺(俗称東大寺、唐の開元年間)。
画像

画像

画像

画像

画像

開元古寺と開元寺が並んで建てられており、開元古寺の方が歴史を感じさせるお寺です。こんなに立派なお寺なのに拝観料は無料。
画像

画像

金代大鉄鐘。
画像

画像

画像

1184年製、高さ3.2m、周囲7.5m、重さ9.1トン。

大鉄鐘と対になっておかれているのが唐代の経幢。高さ5m。
画像

画像

画像

境内には遠い昔に奉納されたであろう絢爛豪華な石柱・石塔がたくさん残っています。
画像

画像

画像

出口近くにも唐代の十六面経幢。高さ5.76m。
画像

画像

画像

一方、お隣の開元寺の建物は新しく絢爛豪華な感じ。
画像

画像

画像

次は国保・天寧寺前殿(俗称西大寺、唐代)。
画像

画像

画像

東大寺こと開元寺と対になっています。
画像

現存するのは前殿のみですが、後ろで后殿他の再建工事が行われていました。
画像

巨木をその場で製材し組み立てる一大事業です。
画像

楽しいランチは熱河食府。承徳料理です。
画像

画像

午後の最初は順コ府のシンボル、省保・清風楼(元代)。
画像

画像

すぐ後ろは国保・邢台道徳経幢(唐739年)。
画像

開元二十七年(739年)唐の玄宗による道徳経の注釈を記した石幢とのこと。

徒歩で省保・邢台火神廟(明1460年/火神真君廟)へ。
画像

画像

画像

画像

すぐとたりには清代と思われる無名の塔。
画像

画像

画像

塔林公園へ。
画像

ここは開元寺/天寧寺高僧の墓地であり、塔林があるはずでしたが、現在は普通の公園でした。
画像

邢台塔林遺祉の石碑が残るのみ。

最後は浄土寺。
画像

画像

画像

画像

南北朝時代最大の外来高僧仏図澄が、232年〜248年の間この地に居を構えた1600年以上の歴史を持つ古刹です。また金末元初の高僧万松行秀(万松老人/耶律楚材の師)が第14代住持となった寺とのこと。

駆け足で見て回って邢台東駅から高鉄・G6736(1713邢台東駅発)で北京西站へ。
画像

市内で開催の恒例の反省会は大いに盛り上がりました。
画像

画像

今日もまたアサヒビール片手に素晴らしい仲間に乾杯。
それではまた次回。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


前編:第53回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(河北省シン台1泊2日ツアー)

2018/06/13 22:33
2018年5月PAC活動のご報告です。
今回の北京あんてぃーく倶楽部活動は「河北省邢台1泊2日ツアー」です。
13名のメンバーが元気に参加。
まずは前編(初日)をお届けします。

■日時
2018年5月12日(土)〜13日(日)

1日目
■実際ルート
0620北京西駅集合→高鉄(G651、0658北京西駅、0850邢台東駅)
→東岳天斉廟/東周時代(前475〜前221年)創建
→興固寺(省保・北宋創建)
→平郷大観聖作之碑(省保・北宋1108年/元々は平郷文廟の遺物)
→ランチ
→平郷文廟大成殿(国保・北宋1008年〜1016年創建)
→鵲王廟/鵲王墓(省保・北魏497年創建/内丘県)/雷雨・雹
→ホテルチェックイン
→夕食(好運来小火鍋)
→ホテル二次会
※国保=国家文物保護単位、省保=河北省文物保護単位

早朝、0620北京西駅に集合して、高鉄G651(0658北京西駅発)で邢台に向かいます。
0850邢台東駅に到着。
画像

画像

手配してあったマイクロバスで東方向の平郷県方面に向かいます。

東岳天斉廟に到着。
画像

東周時代(前475〜前221年)の創建です。広い境内ですがお参りする人もおらず静かです。1つ1つの部屋に神様が祀られ、とてもきれいに整備されています。
画像

画像

人の顔を象ったあまり見たことの無い鉄鐘があります。
画像

「全神殿」です。
画像

部屋中にたくさんの神様が祀られ壮観です。
画像

画像

暖かく導師様が迎えてくださいました。
画像

そして見送りまで(笑)。
画像

省保・興固寺(北宋創建)です。
画像

画像

画像

画像

省保・平郷大観聖作之碑(北宋1108年)。
画像

画像

画像

画像

画像

公園の中に有りますが、元々は平郷文廟の遺物だったとのこと。

近くでランチタイム。
画像

画像

楽しく盛り上がりすぎてついつい予定時間を超過(笑)。午後の予定を急ぎます。

国保・平郷文廟大成殿(北宋1008年〜1016年創建)です。
画像

画像

もともとは大きな廟だったようですが、現在は大成殿しか残っていません。
画像

画像

敷地の後ろには古い布目瓦の破片が散乱し、多くの建築物があったことを想像させます。

今度は市内を通り越して西方向に向かいます。バスで1時間ほど走ると山々が近づいてきて、内丘県の国保・省保の鵲王廟/鵲王墓(北魏497年創建)に到着。
画像

画像

画像

到着したと思ったらいきなりの雷雨と雹。
画像

画像

廟の中が屋根のある回廊になっていたのでここで雨宿り。すごい量の氷です。
画像

ここで1つの見どころが、漢代の神獣石造です。
画像

画像

もともとは韓厥(春秋時代晋の名宰相)墓の翼獣でしたが、現在は鵲王廟に保管されています。当初は4体あったそうですが散逸し、1体は米国のフィラデルフィアに有るとのこと。

突然、雨が止み晴れ間に。本格的に「鵲王廟」を散策します。
画像

扁鹊墓です。
画像

画像

画像

扁鹊(前407〜前310年)は古代中国を代表する名医で「神医」と呼ばれたそうです。記念館もあります。
画像

画像

広い敷地の一番後ろは三清四御殿です。
画像

画像

画像

敷地内の全体を俯瞰できます。雨上がりで遠くの山が綺麗。
画像

画像

画像

薬泉もあります。
画像

画像

素晴らしいところで離れがたし。最後にもう一度記念撮影。
画像

画像

すっかり堪能して邢台市内へ。ホテルチェックインを済ませて夕食に繰り出します。
画像

画像

今日はアウトドアで火鍋。楽しい時間が過ぎていきます。
後編に続く〜
記事へナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


第52回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(下・盧溝橋)編

2018/05/07 21:21
2018年4月第52回活動報告(下・盧溝橋)編です。

本日最後は「盧溝橋」です。

盧溝橋へ行く前に駐車場近くの七七事変の砲弾跡を見学。
画像

画像

続いて国保に同時登録されている明末に建設された城郭都市・宛平県城を簡単に見学します。
画像

画像

画像

そして、盧溝橋へ。
画像

画像

画像

画像

入場料は20元です。
全長266.5m、金代の明昌3年(1192年)に完成し、かつてこの地を訪れたマルコ・ポーロがその素晴らしさを著書「東方見聞録」に書き残しています。

先に橋に向かって左手にある橋全体を俯瞰出来る場所へ行きます。
画像

画像

一度外に出ますが、チケットを見せればまた中に入れます。
画像

全体を見ると11のアーチがある石橋であることが分かります。
画像

欄干の色がところどころ違います。数多くの修復を繰り返してきたのでしょうね〜。
画像

画像

画像

アーチの格好をしてみましたが、あんまりシンクロしてませんねえ(苦笑)。

中央に戻ってきましたが、まだ橋は渡りません(笑)。
画像

画像

橋のたもとには乾隆帝の筆と伝わる「盧溝暁月」の石碑があります。燕京八景の1つに数えられます。

橋の始まりは華表からです。
画像


すぐ下には橋の両端を支える石獅子像があります。
画像

画像

専門家によれば金代のオリジナルではないかということです。

ようやくプレートにたどり着きました。
画像

先程の宛平県城を含んだ国保プレート。堂々の第一批准です。
国保は今や第七批准まであり、その数も中国全土で4,400を超えますが、1961年に国務院から初めて制定された第一批准の国保は全国で180ヶ所のみでした。1961年制定の第一批准プレートを見るとなんだか神々しく感じます(笑)。
ちなみに北京にある第一批准の国保は18ヶ所で以下の通りです。

1.北京大学紅楼/“五四”運動記念地
2.盧溝橋(含宛平県城)
3.天安門
4.人民英雄記念碑
5.房山雲居寺塔と石経
6.妙慶寺白塔
7.真覚寺金剛宝座(五塔寺塔)
8.居庸関雲台
9.故宮
10.万里長城−八達嶺
11.天壇
12.北海と団城
13.智化寺
14.国子監
15.雍和宮
16.頤和園
17.周口店遺跡
18.十三陵

いよいよ橋を渡ります。ここまでで駐車場から40分以上掛かりました(笑)。

盧溝橋の特徴は欄干に並ぶ501体の獅子像。金代、元代、明代、清代、民国期、現代と6時代の石獅子が共存していることです。
その違いを詳しく書いてあるのがこちらの著書です。
画像

一冊3,000円を超える専門書ですが、日本語で詳しく記述されていてとても参考になります。

早速、本からの資料写真を片手にそれぞれの時代の獅子像探しをスタート。
画像

画像

画像

こうした文物の楽しみ方も文物をとても身近に感じさせますね。そして本の中の写真と同じ現代の石獅子を発見!
画像

こちらは清代末期から民国時代。
画像

この本やインターネットでの情報によるとこの時代の石獅子の特徴は、
1) 彫刻が粗い
2) 後頭部の巻き毛がひと巻きかふた巻
3) 石材が暗い
とあります。なんか難しい〜。

次に清代の石獅子を見つけました。
画像

画像

特徴は、
1) 胸を張っている
2) 口腔内は空洞(明代共通)
3) 体の上に載る獅子がいる(明代共通)
4) 彫刻が詳細
5) ゆったりとした首輪を掲げている
6) 巻き毛が高々と突起している
7) 切れ長で細い目元
8) 狂暴さがない
9) 石材が暗い青色ないし赤色
本の写真と照合しないと良く分かりません。文物局による各時代の石獅子が特定できるような公式発表が欲しいところです。
画像

メンバーの皆さん、結構真剣です(笑)。

こちらは明代です。
画像

画像

1) 体系は太く短い
2) 毬や子獅子を踏んでる
3) 体の上に載る獅子がいる(清代共通)
4) 口腔内は空洞(清代共通)
5) 舌が上側を舐めている
6) 胴と足の間に空洞がある
とあります。正直なところ特徴だけでは正確に区別が付きません。本の写真と同じ石獅子を探すだけで大変です。でもなんか楽しい〜(笑)。

元代の石獅子に突入です。
画像

画像

画像

画像

この辺から古さが際立ってきます。

最後は金代です。盧溝橋創建当時の石獅子です。
画像

画像

画像

画像

金代と元代の特徴はほぼ同じで違いが分かりません。
1)体系やや細長い
2)眼光するどく頭部の割合が大きい
3)顔幅狭く、頬が持ち上がり顎が痩せている
4)口は開いているが口腔内はふさがっている
5)足が短い
6)前足にウロコ上の甲冑紋
7)首輪を洒脱に巻いている(どんなん?)
8)胸元に小さな鈴
9)なで肩(笑)
10)全体の風化が著しい
確かに石獅子の大きさが全体的に小さいのと風化が進んでいるのは良く分かりました。
元代、金代であろう似たような石獅子を他にも何体か見ることが出来ました。
時代の古さが分かると何なんでしょうか?結構どれも可愛く思えてきます(笑)。

反対側まで渡ります。橋の両端は先程の獅子ではなく象さんです。
画像

画像


十分盧溝橋を満喫して入り口まで戻ります。
画像

画像

画像

盧溝橋には轍の刻まれたオリジナルの石板も残ります。
画像

画像

画像

画像

夕方、北京市内に到着。いつものお店で反省会。
画像

画像

今月末で北京を離れるメンバーも反省会から合流。今日もまたアサヒビールを片手にいつまでも思い出話しに花が咲きました。

それではまた次回。

記事へ面白い ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0


第52回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(中・戒台寺)編

2018/05/06 08:08
2018年4月第52回活動報告(中・戒台寺)編です。

尚、潭柘寺と戒台寺はPACでほぼ3年前の2015年5月に一度訪問しています。その時は26名の参加。当時も参加して今回も参加しているメンバーはわずか1名。3年でメンバーも入れ替わるものですね〜。当時の活動報告は2015年6月にありますので、そちらも合わせてご覧ください。

さてさて、潭柘寺を後にして、近くのレストランで早目の昼食。
画像

画像

画像

画像

お店の名前にもなっている「鹿角麺」とは鹿角という名の植物を煮つけた餡がかかった麺でした〜。
画像

画像

たくさん食べて飲んで、お一人様40元(約700円)のお会計です(笑)。

午後の最初は「戒台寺」です。
画像

レストランからは10分程度で到着。寝る暇もありません(笑)。
画像

画像

戒台寺は唐代武コ五年(公元622年)に慧聚寺として創建。

まず目を引くのが立派な松の木。
画像

遼代の塔もあります。
画像

画像

画像

画像

近くには遼代、元代の石柱があり、ガラスケースで大切に保存されています。
画像

画像

画像

画像

画像

石柱の隣りには明代の素晴らしい仏龕があります。こちらも見逃せません。
画像

画像

画像

そして何と言ってもお寺の名前にもなっている戒台殿の「戒台」です。
画像

画像

漢白玉石で造られていて一辺が3.5mの正方形。杭州昭慶寺、泉州開元寺とともに中国三大戒台と呼ばれ、戒台寺はその筆頭と言われます。
画像

画像

画像

戒台の周りにはずらっと像が並びますがこんなユニークなものまで。ここで高僧のお説教を聞いたのですね〜

戒台殿の両脇は五百羅漢堂になっており、覗くと羅漢様の数々。未開放となっているのが残念なところです。
そしてその奥には大悲殿があります。
画像

屋根も超オシャレです。屋根の上に塔が建っています〜
画像

画像

戒台殿殿頂金剛宝座塔。日本のある文献では戒台殿屋塔と呼んでいます。1477年創建。5メートルの中央塔と周囲に小さな塔を4基配置した金剛宝座式塔で、屋根に配置される塔では非常に珍しい形です。

大悲殿北魏時代の仏像もずらり。
画像

画像

約1500年も前の仏像が、係員もいないところで数十体も置かれているのがこのお寺の凄さです(笑)。

ちょうどライラックなどお花が見ごろでした。
画像

画像

画像

画像

画像

5月には牡丹の花がきれいに咲くようです。
画像

画像

画像

メンバーがバラバラで参観している間に、先に戻ってきた一部のメンバーで記念撮影〜。
画像

画像

忘れてました。奥に見える大雄宝殿の扁額は清朝第6代皇帝乾隆帝の御筆です。
画像

画像

メンバーの一人がリスを発見!
画像

見どころ盛りだくさんの(中・戒台寺)編でした。(下・盧溝橋)編に続く〜
記事へナイス ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0


第52回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(上・潭柘寺編)

2018/05/05 10:18
2018年4月PAC活動のご報告です。
今回の北京あんてぃーく倶楽部活動は「門頭溝区の潭柘寺・戒台寺と盧溝橋めぐり」です。
まずは「上・潭柘寺」編です。
午前中は小雨の少々肌寒い1日でしたが、17名のメンバーが元気に参加。

■日時
2018年4月22日(日)

■実際ルート
0730北京市内集合
→潭柘寺(国保)/潭柘寺塔林
→昼食
→戒台寺(国保)
→盧溝橋(国保)
→北京市内/反省会
※国保=国家(全国)重点文物保護単位

早朝、北京市内集合に集合して、借切りバスで「国保・潭柘寺」に向かいます。“先有潭柘,后有幽州”(まずは潭柘寺が出来て、その後に北京城が出来上がった)という言い方がある通り、潭柘寺は西晋年間(265年- 420年)の創建といわれる古刹です。創建当時は嘉福寺と呼ばれていたようです。

潭柘寺の駐車場に到着、ここから少しなだらかな山道を歩きます。早速、山道は潭柘寺塔林の裏側を通っており、しっとりと雨に濡れた古塔がずらりといい感じです。まずは虎を埋葬したという伝説のある「虎塔」がお出迎え。
画像

画像

清代晩年の建立のようです。

右手にはあとで見に行く予定の下塔林。こちら側からは壁があって入れませんので、上から眺めます。
画像

画像

チケット販売所前の塔も、ぐるりと回ります。
画像

2基ともなにも表記がなく、建立年代も不明です。

チケットは潭柘寺と戒台寺の通しチケットを買います。80元(バラだと100元)。
チケットを買った後は、結構歩きにくい石段を数分登って行きます。
画像

登りきると入り口手前にプレートがあります。
画像

潭柘寺の入り口でお決まりの集合写真。
画像

画像

チケットゲートを過ぎた目の前は山門です。珍しく人がいないので、チャンスとばかりにここでも集合写真(笑)。
画像

山門をくぐると、朝からたくさんの参拝客が来ています。
画像

入ってすぐの右側には「大銅釜」。
画像

画像

画像

画像

潭柘寺にはもともと3つの大釜(蒸し釜、粥釜、炒蔡釜)があったそうで、現存するのは粥釜です(直径1.85m、深さ1.1m)。この粥釜で潭柘寺で修行する多くの僧の食事を賄ったそうです。

潭柘寺のもう一つの魅力が「古樹」。すっかり緑になった古樹が雨に映えます。
画像

画像

画像

大きなマニ車、メンバーたちがぐるりと回って徳を積みます(笑)。
画像

画像

次は「礼塔(金剛延寿塔)」です。
画像

画像

お寺の少し奥の右手に有るラマ式白塔です。
画像

みんな塔の周りを廻って願い事をします。地味な塔ですが信仰の深さを感じる塔ですね。

雨が少し強くなってきましたが、緑や真っ赤な蓮をかたどった蝋燭の炎がますますクッキリと映えます。ライラックの花もとても綺麗。
画像

画像

画像

お寺の奥、左手の「魚石」です。
画像

画像

この魚石は空から降ってきたという伝説があり、自分の身体の悪い部分を魚に見立てて撫でると回復すると言われ、みんな撫で撫でするのでお魚はピッカピカ。長さ1.7m、重さ150kgの大きなお魚です。
画像

画像

皆さん、頭が良くなるように魚石の頭を撫で撫で(笑)。

お寺の敷地をちょっと出ますがすぐ隣には「観音洞と老虎洞」があります。
画像

画像

画像

お寺の敷地内に戻り山を少し下ると「戒壇」と「関帝廟(三財神殿)」です。
画像

画像

画像

戒壇はご存じの通り、高僧がお説教をした場所。「関帝廟」はお金が貯まる運気で満ち溢れています。
画像

お寺の右側に見落とした場所があったのでフォローします。
画像

潭柘寺の名前の由来となった龍潭の淵へは通行止めでした。手前の牌楼も新しいのだそうです。

次は「流杯亭」。
画像

画像

画像

画像

流杯亭は水にの流れで表現される線画で、見る方向によって虎と龍の頭に見えます。え、どっちが虎?龍? 

「乾隆宝座」
画像

画像

画像

乾隆宝座は乾隆帝が6回、潭柘寺を訪れた際にお休みされた場所です。乾隆帝と宦官の蝋人形像は新しい物、壁画は乾隆帝が潭柘寺を訪れている様子だと説明に書いてありますが、壁画が書かれた時代の記載がありません。残念ながら中は撮影禁止でした。

雨の古刹をすっかり堪能して次は潭柘寺「塔林」へ。
画像

「塔林」は上塔林と下塔林の2ケ所があり、まずは上塔林の横を通り過ぎます。
画像

上塔林は以前より非公開ですので塀の外からちょっと見るだけ。
画像

画像

画像

そして下塔林へ。
画像

しか〜し、「修復のため当分閉鎖」の張り紙です。残念。。。ここにはたくさんの高僧を顕彰する塔があり、その中には長野県出身の日本人高僧や遠くインドや西インド(パキスタン?)出身の高僧の塔もあります。またフビライの娘、「妙厳公主」塔などもあり、楽しみにしていたのにちょっと残念。
画像

画像

以上、「上・潭柘寺」編でした。「中・戒台寺」編に続く〜。
記事へナイス ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0


<北京の世界遺産めぐり>頤和園十七孔橋「光のトンネル」編

2018/04/11 20:28
画像

不定期シリーズ「北京の世界遺産めぐり」の頤和園十七孔橋「光のトンネル」編です。

頤和園は元の時代に貯水池だった場所が明代を経て、光緒帝の時代に西太后の故居として整備され、この時に名前が清漪園(せいいえん)から頤和園に改称されました。

清代末期まで西太后の避暑地として利用され、共産党による中華人民共和国が1949年に建国後、1953年に公園として一般開放されました。

1998年にユネスコ世界文化遺産に登録。現在も故宮に並ぶ北京有数の観光名所です。

広さは290ヘクタールで東京ドームの62倍。故宮の4倍以上あり、本来は丸一日掛けても良い大きさです。
画像

手書きでなんか雑ですみません。これで広さがお分かりかと思います。

通常の観光コースは、東門から昆明湖を挟んで仏香閣を望み、通しチケットを買っていれば少し南に歩いて文昌閣と文昌院博物館を見学し、また北に戻って、西太后の住んでいた楽寿堂、長廊を経て万寿山の仏香閣へ上ります。
画像

仏香閣 : 乾隆年間 (1736〜1795年)創建。英仏連合軍により破壊され、西太后の時代に再建。2015年9月撮影。

昆明湖の全景を見て、蘇州街を抜けて北宮門出口に出るのが一般的なコースです。これでも2時間くらい掛かってしまいます。
画像

仏香閣から昆明湖を望む。2018年1月撮影。

時間に多少の余裕があれば、文昌閣からさらに南の十七孔橋を見たり、あるいは仏香閣からさらに西にある石舫を追加コースに入れます。夏場なら昆明湖を横断するボートを乗るとかなり機動的に回れますのでオススメです。
画像

石舫あるいは清晏舫(せいあんほう)と呼ばれている石の船です。1755年創建、1893年再建。

さて、今回は季節限定ですが、頤和園の観光の一つをご紹介します。

タイトルにある、”光のトンネル”と言うのは、東門から一キロほど南に下った十七孔橋で見られる光景です。
画像

十七孔橋(じゅうしちこうきょう)とは清代の乾隆帝(1736一1795)時代に作られた17個のアーチを持つ園内最大の橋です。長さは150メートル。欄干の獅子も544体を数え、盧溝橋の501体を超える非常に美しい橋です。

この橋の設計者が、毎年冬至の前後にこのアーチに夕日の光が射すように設計したのです。なんとも凄いことを考えたんですねえ。

中国語では、
金光穿洞
金光穿孔
红光穿洞
红光满洞
红桥洞
などの呼び方をされていて、日本語では近年「光のトンネル」と呼ばれているようです。
筆者Sはその絶景をなんとか写真に收めるべく奮闘して参りました。
さあ、それを時系列で追って見ることにしましょう。

撮影日は2017年12月24日(日)です。この年の冬至(一年で昼が最も短い日)は二日前の12月22日でした。

この日はクリスマスイブ。しかし、単身者には全く関係ありません(笑)。当日は朝から昆明湖の西側をテクテク歩いて、仏香閣前を抜けて、ようやく十七孔子橋前まで来ます。
画像

15:39 真冬で人もそれほど多くなく、一人のカメラマンが湖面からの風景を撮影しています。「おお〜あんたもイブなのに頑張るねえ、お互い良い写真が撮れるといいねえ」と心の中で意味不明なエールを送ります(笑)。
画像

15:46 まだ空も明るく時間もあるので、橋の手前の銅牛の写真を撮ったりなんかします。
画像

15:54 橋に到着〜。太陽が石獅子を射す感じがなんか良い感じです。なんとなく人が増えてきたような。。。
画像

15:56 橋の上から仏香閣を望みます。良い天気ですねえ。さあ、ここから目的の写真を撮影すべく、橋の反対側に渡ります。
画像

15:58 えっ!?
画像

15:59 え〜〜〜〜〜!!!???
なんと、物凄い人です。完全に出遅れです。
画像

画像

16:01 人混みを分け入って撮影した記念すべき一枚目。「光のトンネル」はすでに始まっています。左上の枝はなに?道理でこのポイントにすすっと入れたわけです(苦笑)。インスタ映えしないので場所を移動します(笑)。
画像

16:04 前列までとても行けないので背伸びしてカメラを上にあげての撮影です。撮った写真のほとんどはブレブレになってしまってなんとか形になった一枚。この写真から17のアーチすべてにきれいに光が射し込んでいるのが分かります。しかし、光そのものが明るい状態で個人的にはまだ好みの色じゃありません(苦笑)。
画像

画像

16:12 もっとベストポジションがないかと後ろに回ったら返ってひどい結果に。。。時間だけが無情に過ぎます。
画像

16:28 橋から昆明湖沿いにかなり離れたところから撮影。一番右のアーチが欠けてしまいました。。。
画像

画像

16:36 このあたりがピークだと思います。色も赤く染まってきてまだ17のアーチにぎりぎり光が入っています。
画像

トリミングしてみました。素晴らしい景色が目の前に広がります。天文学を知り尽くした橋の設計者は天才です!本当に感動ものです。
画像

画像

16:48 深い赤色になってきてとてもきれいですが、アーチから光が一つまた一つと消えていきます。記事にするような写真としてはもう使いものになりません。
画像

16:49 前の写真からたった一分。あっという間に「光のトンネル」は終わりを迎えました。
画像

16:55 日が沈みます。今から100年以上も前、西太后や光緒帝も同じ景色を見たのでしょうねえ。
この時期に頤和園にお越しの際はぜひ日の入りまで残ってこの「光のトンネル」を楽しまれてみてはいかがでしょうか?
それではまた次回の連載をお楽しみに〜。
記事へ面白い ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0


後編:北京あんてぃーく倶楽部オフ会活動報告(河北省唐山)

2018/04/07 22:53
河北省唐山めぐりの後編です。

午後の初めは「唐山博物館」。
画像

画像

大きな博物館で、中央に毛沢東さまの像がすくっと立っておられます。
画像

画像

画像

画像

唐山伝統文化の「皮影」、「評劇」の展示が充実しています。

次は「中国鉄路源頭博物館」。
画像

画像

ここは光緒七年(1881年)敷設された唐胥鉄道の起点であり、「0」の文字が見えます。
画像

画像

当時の駅舎も残っており、鉄道マニアにはたまらない場所ですね。

そして最後は「唐山地震遺祉紀念公園/唐山地震博物館」。
画像

画像

唐山地震は1976年7月28日に発生したマグニチュード7.8の直下型地震で、24万人の方が犠牲になったと伝えられています。
画像

画像

公園内に入るとまずは高さ7.28m、長さ493mの記念壁が目に入ってきます。犠牲になった24万人の方のお名前が記されています。

広大な公園を進むと一番奥には「国保・唐山機車車輛廠鋳鋼車間地震遺祉/唐山机车车辆厂铸钢车间地震遗址」が被災したそのままの状態で国保プレートと共に保存されています。
画像

画像

画像

そして「唐山地震博物館」です。
画像

画像

画像

画像

たくさんの写真や当時の実物資料が展示されており、被災からの復興の経過を詳しく伝えています。

小雨はだいぶ雪混じりになってきました。天候も心配なのでこのあたりで唐山を後にして北京市に戻ります。
少々距離が遠く、なかなか行き難い唐山を十分に探査で来て大満足の1日でした。
画像

反省会ではスーパードライを片手に、明後日、日本へ帰任するメンバーと楽しい思い出話しがいつまでも続きました。それでは今日はこのへんで。また次回お会いしましょう。
記事へナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


前編:北京あんてぃーく倶楽部オフ会活動報告(河北省唐山)

2018/04/07 22:51
2018年3月オフ会活動のご報告です。今回は「河北省唐山市めぐり(前編)」です。
天気予報は季節外れの「雪」。。。
少々肌寒い1日でしたが、15名のメンバーが元気に参加しました。

■日時
2018年3月17日(土)

■実際ルート
0700北京市内集合
→国保・省保・天宮寺塔
→車軸山中学(国保・豊潤中学校旧址と国保・寿峰寺)
→ランチ
→唐山博物館
→中国鉄路源頭博物館
→唐山地震遺祉紀念公園・唐山地震博物館(国保・唐山機車車輛廠鋳鋼車間地震遺祉)
→北京市内・反省会
※国保=国家文物保護単位、省保=河北省文物保護単位

早朝、北京市内に集合して、借切りバスで「河北省唐山市」に向かいます。
唐山市は1976年の唐山地震でよく知られますが、北京の東北東方向に約180km、中国近代工業発祥の地として炭鉱、製鉄、陶業などが早くから起こり、総人口759.6 万人(2016)の河北有数の大都市です。

あんてぃーく倶楽部的には、明代に既に製陶業が始まり、「景徳鎮」とならぶ「北方の陶都」と称されたあたりに惹かれます。また中国共産党創設の主要メンバーだった李大サ氏(1888-1927年)の生まれ故郷でもあります。

そんなこんなでまずは「国保・天宮寺塔」に到着。
画像

画像

画像

公園内の石碑を見ながらお目当ての塔に向かいます。
画像

画像

画像

さっそく、省保プレートを見つけて撮影。
画像

天宮寺塔:遼代清宁元年(1055年)創建。立派な塔です。
画像

画像

画像

画像

各自思い思いに塔の周りを散策してはカメラに収めます。
画像

画像

こんな龍の装飾がされています。
画像

画像

画像

国保プレートもゲットしてもう一度みんなで記念撮影。

次は20分ほど南に下ったところにある「車軸山中学」です。
画像

ますは車軸山中学の立派な門、ここから入ります。
画像

1903年建学の現役中学で、許可を頂いて見学させていただきます。
画像

広い敷地の西側半分が「国保・豊潤中学校旧址」になっており、この豊潤中学校旧址の北端に小山があり、山頂部に「国保・寿峰寺」があります。
画像

まっすぐ進むと「通称・大紅門(赤門)」。この両サイドに豊潤中学と寿峰寺の国保プレートがあります。
画像

画像

画像

山頂部の寿峰寺が近くに見えてきます。しっとりした品の良さを感じつつ歩きます。
画像

またまた立派な門をくぐると校史館です。
画像

画像

画像

100年前の建築物。どの建物もとても趣きがあり見入ってしまいます。

続いて老図書館です。
画像

画像

「学無止境」と書かれた石碑。

現役で使用されている教室の左右の階段を上ると山頂部の「国保・寿峰寺」です。
画像

画像

画像

画像

画像

寿峰寺は無梁閣(遼代重熙六年/1037年)、薬師霊塔(遼代重熙六年/1037年)、文昌閣(民国年間/1913年)の3つから構成されています。
画像

画像

薬師霊塔はオシャレな華塔様式、無梁閣は存在感たっぷりの独特のスタイルです。

遠目から3つの建物を押さえます。
画像

画像

画像

画像

お腹もすいたので重慶火鍋で昼食。
画像

画像

画像

画像

みぞれ混じりの小雨になりましたが寒い時には火鍋ですね〜
後編に続く〜
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


タイトル 日 時
第52回北京あんてぃーく倶楽部活動予告(潭柘寺、戒台寺)
2018年4月活動のご案内です。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2018/04/03 22:41
第51回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(銀山塔林・白浮泉遺址他)
第51回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(銀山塔林・白浮泉遺址他) 2018年3月PAC活動のご報告です。 今回の北京あんてぃーく倶楽部活動は「昌平区めぐり」です。 少々肌寒い1日でしたが、13名のメンバーが元気に参加。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2018/03/21 01:38
第50回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(河北省琢州市・三国志めぐり)後編
第50回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(河北省琢州市・三国志めぐり)後編 <後編> さあ、午後はいよいよ「三国志関連史跡めぐりです」。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2018/03/02 23:35
第50回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(河北省琢州市・三国志めぐり)前編
第50回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(河北省琢州市・三国志めぐり)前編 2018年2月PAC活動のご報告(前編)です。 記念すべき第50回北京あんてぃーく倶楽部活動は「河北省琢州市・三国志めぐり」です。春節も明けて、すっかり暖かくなり、15名のメンバーが元気に参加。晴天の一日を楽しみました。 尚、昨年12月の活動報告同様「琢州(たく州)」の「琢」は、本来「氵」が正しいのですが、文字化けするため便宜上当て字にしています。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2018/03/02 23:31
<北京の世界遺産めぐり>故宮博物院西側エリアを徹底解剖
<北京の世界遺産めぐり>故宮博物院西側エリアを徹底解剖 今回は北京故宮博物院のご紹介です。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2018/03/01 18:58
第51回北京あんてぃーく倶楽部活動予告(銀山塔林・京杭大運河巡り)
3月度の北京あんてぃーく倶楽部活動予告になります。 2月の活動実施前ですが、3月の実施日の都合上、早めの御連絡となります。 ■日程 3月11日(日) ■スケジュール 0730 ケンピンスキーホテルロビー集合 0900 銀山塔林(閉園の場合は付近まで) 1100 白浮泉遺址(九龍池、都龍王廟) 1300 昌平市内で食事  1400 文物石刻園 1530 半截塔 1700 ケンピンスキーホテル着  (スケジュールは一部変更になる場合があります) ■注意事項... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2018/02/10 10:25
第50回北京あんてぃーく倶楽部活動予告(タク州・三国志巡り)
2018年2月活動のご案内です。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2018/02/02 22:49
第49回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(国家博物館見学&新年会) 2018年1月PAC活動のご報告
第49回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(国家博物館見学&新年会)  2018年1月PAC活動のご報告 2018年1月PAC活動のご報告です。 明けましておめでとうございます! 本年もどうぞよろしくお願いいたします。 ■日時 2018年1月21日(日) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2018/01/27 12:55
第48回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・琢州ツアー)2日目後編
第48回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・琢州ツアー)2日目後編 お昼まではまだ時間があり、サクサクとスケジュールが進行していたので、清行宮と薬王廟を先に見学しようと行ってみましたが、なんと日曜日はどちらもお休み。嘘でしょ〜、日曜日以外誰が来るねん! ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/12/23 17:18
第48回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・琢州ツアー)2日目前編
第48回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・琢州ツアー)2日目前編 2日目(12月10日) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/12/23 15:54
第48回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・琢州ツアー)1日目後編
第48回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・琢州ツアー)1日目後編 (1日目前編からの続き) しこたま飲んでバスの中でうとうとしていると、あっという間に清西陵へ到着。毎年恒例行事の易水での荊軻遊び(笑)。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/12/23 11:46
第48回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・琢州ツアー)1日目前編
第48回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・琢州ツアー)1日目前編 12月度の北京あんてぃーく倶楽部活動報告になります。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/12/23 10:37
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目D
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目D ■2日目D いよいよ石家庄ツアー最後の目的地、河北博物院に到着。なんとか2時間ほど見学時間を確保できました。ここまで素晴らしいスケジューリングです(笑)。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/05/05 17:31
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目C
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目C ■2日目C 正定という街は、一日ぷらぷらしても街のいたるところに見所があって飽きることがないように思います。正定の最後に行く予定にしていた正定文廟の近くに、唐代の碑が残っているというので先にそちらを見学に。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/05/02 11:49
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目B
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目B ■2日目B 天寧寺から、いよいよ趙雲廟へ。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/05/01 13:13
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目A
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目A ■2日目A 臨済寺を後にして、一旦バスに乗り込みます。どこもかしこも工事だらけで、次の場所は普通に行けば歩いてでも行ける距離なのですが、そのあとのことも考えてそうしました。バスで10分、開元寺須弥塔に到着。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/04/29 10:58
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目@
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目@ ■2日目@ ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/04/28 14:08
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)1日目A
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)1日目A ■1日目A ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2017/04/27 11:43
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り) 1日目@
第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り) 1日目@ 4月度の北京あんてぃーく倶楽部の活動報告になります。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/04/26 18:37
第38回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・易県一泊二日ツアー)2日目パートA
第38回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・易県一泊二日ツアー)2日目パートA >2日目パートA そこから、さらに農村の細道をひた走ります。そろそろ大通りに出るかなと言うところで、運転手が左にハンドルを切ろうとしたところを右に行くように指示出し。なんと曲がったすぐ左手の丘の上に目的の古塔を発見。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/12/23 14:32
第38回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・易県一泊二日ツアー)2日目パート@
第38回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・易県一泊二日ツアー)2日目パート@ >2日目パート@ 12月11日(日)、朝起きるとそこそこ気持ち悪い。まあ昨夜あれだけ盛り上がればしょうがないよね、と思いつつ、7時にはホテルの朝ごはんを食べにレストランへ。信じ難いことに、呑んだくれていた皆さんはすでに食事中。皆さん元気です。 ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/12/23 14:06
海昏侯墓
海昏侯墓 本日は北京の文物の話ではありません。そのあまりに衝撃的な発見から早5年。毎年驚きの報告が届く、江西省南昌市で発掘された漢代の列侯である海昏侯劉賀の墓のお話です。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/06/28 10:35
第31回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(定州ツアー) パートA
第31回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(定州ツアー) パートA パート@からの続き ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/05/25 07:25
第31回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(定州ツアー) パート@
第31回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(定州ツアー) パート@ 5月22日(日)に実施された第31回北京あんてぃーく倶楽部活動報告になります。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/05/24 07:10
第26回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・満城漢墓1泊2日ツアー)パート2
第26回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・満城漢墓1泊2日ツアー)パート2 2日目。 13日(日)の朝は、なかなかに昨日の酒が残って気持ち悪い状態です(当たり前か)。せっかく朝食付きにしたので、無理くり7時半にレストランへ。女性陣は元気ですね。ちらほら集まり始め、8時過ぎにようやく男性陣が集結。男性陣はどうやら朝の散歩組もいた模様。こちらも元気だ。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/12/17 07:30
第16回北京あんてぃーく倶楽部&胡同会活動報告(12月度・清西陵)
第16回北京あんてぃーく倶楽部&胡同会活動報告(12月度・清西陵) 12月度の北京あんてぃーく倶楽部の活動は、北京でも歴史ある文化系コミュニティ「胡同会」とのコラボ企画として、「清西陵」に行ってきました。原田名誉会長とあんてぃーく倶楽部の活動内容を検討していたとき、「毎年12月の最も極寒のときに、誰も来ないであろう清西陵に行って、回音壁で遊ぶ」という方針を決めていたので、その活動に胡同会の皆さんにもジョインしてもらいました。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2015/01/02 10:31
労働節の休暇を利用して、恒仁、集安、瀋陽に旅行しました。 (その7)
労働節の休暇を利用して、恒仁、集安、瀋陽に旅行しました。 (その7) i瀋陽 福陵(東陵) ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2014/05/06 19:34
労働節の休暇を利用して、瀋陽、恒仁、集安に旅行しました。(その6)
労働節の休暇を利用して、瀋陽、恒仁、集安に旅行しました。(その6) 瀋陽 日本占領下の建造物群 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2014/05/06 09:32
労働節の休暇を利用して、瀋陽、恒仁、集安に旅行に行ってきました。(その5)
労働節の休暇を利用して、瀋陽、恒仁、集安に旅行に行ってきました。(その5) 日本占領下の建造物群 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2014/05/05 22:14
労働節の休暇を利用して、瀋陽、恒仁、集安に旅行してきました。 (その4)
労働節の休暇を利用して、瀋陽、恒仁、集安に旅行してきました。 (その4) 1) 好太王の碑 及び好太王陵 ...続きを見る

かわいい ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2014/05/05 19:45
労働節の休暇を利用して、瀋陽、恒仁、集安に旅行してきました。(その3)
労働節の休暇を利用して、瀋陽、恒仁、集安に旅行してきました。(その3) 集安観光 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2014/05/05 08:21
労働節の休暇を利用して、瀋陽、恒仁、集安に旅行してきました。(その2)
労働節の休暇を利用して、瀋陽、恒仁、集安に旅行してきました。(その2) 五女山から集安までは、約130kmの距離とのことでしたが、高速道路はなく、山路で、幾つかの峠、集落を超えながら、風景は非常に牧歌的でのどかでは有りましたが、街灯はなく、集落と集落の間には車がすれ違うこともほとんどなく、車が、もし故障したら、全く身動きは取れないだろうなと思いつつ、 恒仁から集安まで約3時間もかかり、2000時頃到着しました。集安の繁華街はそれなりに明るく、賑やかでしたが、正直、陸の孤島と言った感じで、隔離されている街のような感じはしました。 本当に、遠い。。。。 ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2014/05/04 22:19
労働節の休暇を利用して、瀋陽、恒仁、 集安に旅行してきました。
労働節の休暇を利用して、瀋陽、恒仁、 集安に旅行してきました。 遼寧省の瀋陽から、高句麗の遺跡、吉林省の集安までのツアーが二泊三日で可能であると言うことを知り、強行軍ではありましたが旅行してきましたので、報告します。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2014/05/04 15:22
世界遺産 楽山大仏
世界遺産 楽山大仏 成都から南に車で約二時間、楽山大仏を見に行って来ました。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2014/04/08 23:10
成都の骨董街について
成都の骨董街について 成都の骨董街は杜甫草堂(唐の詩人で安史の乱の時4年間成都に避難していた。その住居後)のそばに有ります ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2014/04/08 22:50
清明節の休暇を利用して成都に旅行して来ました。
清明節の休暇を利用して成都に旅行して来ました。 一年のうち200日は曇りと言われている成都の初日は小雨模様でした。 あんてぃーく倶楽部の観点から報告致します。 1) まずは三国志の聖地 武侯祠博物館の見学 諸葛亮と劉備の人気は流石にすごい! ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2014/04/08 19:53

トップへ | みんなの「中国国内旅行」ブログ

北京あんてぃーく倶楽部 中国国内旅行のテーマ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる