アクセスカウンタ

プロフィール

ブログ名
北京あんてぃーく倶楽部
ブログ紹介
おいしい食事とワインを楽しみながら、歴史ロマンを語れる文化サロン。月1回、博物館や骨董店めぐり、北京近郊日帰りツアーなど企画しています。

【倶楽部設立の経緯】
2013年6月、骨董収集歴20年の骨董オタクと中国古代歴史(宋朝以前が得意)オタクの2人がワインでいい気分になり、北京の歴史や文化とりわけ骨董(古美術)をもっと堪能するために、酔った勢いで設立

【倶楽部の活動方針】
活動回数は基本的に毎月1回
活動基本方針は下記の通り
A)北京のアンティークショップめぐり
B)北京郊外を含め、観光ガイドブックにはあまり記載されていないが、1人で見学するにはちょっと面倒くさいディープな史跡めぐり
C)博物館めぐり および有名な史跡を利用したレストランでの昼食
この3カ所を交互に見学する

にほんブログ村 海外生活ブログ 北京情報へ
にほんブログ村
zoom RSS

北京あんてぃーく倶楽部(PAC)歴代活動一覧

2018/01/23 11:26
PAC創立から2017年12月までの活動で回った場所を列挙しました。まだ行けてない、見れてない北京がありましたら、以下の場所から選んで行かれてみてはいかがですか?

■2013年度
第1回(7月)古玩城(華威橋)
第2回(9月)古陶文明博物館見学
第3回(10月)北京大学サクラー記念館、西単中国書店
第4回(11月)肥沼特別顧問を囲む会
第5回(12月)清西陵、荊軻塔、戦国燕国の長城遺跡

■2014年度
第6回(1月)中国国家博物館、古玩城
第7回(3月)北京紫檀博物館、高壁店家具街
第8回(4月)石家庄 正定古城、河北省博物館
第9回(5月)南崗ワ橋、鎮崗塔、盧溝橋、宛平県城、中都水門関、中都城壁
第10回(6月)北京中国会、首都博物館
オフ会(6月)広済橋、上庄東岳廟、龍泉寺、醇親王墓、大覚寺
第11回(7月)西山八大処、法海寺、田義墓、宦官博物館
第12回(8月)中国国家博物館
第13回(9月)琉璃河大橋、西周燕都遺跡博物館、良郷塔、関帝廟(房山)
第14回(10月)長椿寺、報国寺、宝応寺、崇効寺蔵経閣、牛街礼拝寺、法源寺
第15回(11月)永通橋及石道碑、粛慎親王敬敏墓、張翼祠堂、十方諸仏宝塔
第16回(12月)清西陵、荊軻塔見学

■2015年度
第17回(1月)昌平区博物館、朝宗橋、古代銭幣展覧館
第18回(3月)雲居寺
第19回(4月)(銀山塔林)、文物石刻園、白浮泉宮遺址、朝宗橋
第20回(5月)潭拓寺、戒台寺、三官閣過街楼  
第21回(6月)碧雲寺、竹園賓館
第22回(7月)首都博物館、白雲観、定慧寺、慈寿寺塔
第23回(9月)金陵、十字寺遺址、周口店
第24回(10月)白龍潭龍泉寺、冶仙塔、護城古堤遺址、密雲博物館
第25回(11月)中国国家博物館
第26回(12月)清西陵、満城漢墓、保定市博物館

■2016年度
第27回(1月)清農事試験場旧址、北京石刻博物館、海淀区博物館
第28回(2月)姚広孝墓塔、常楽寺、豊台娘娘廟、金中都水関博物館、金中都城遺跡
第29回(3月)霊厳寺大殿、双井寺、川底下村、霊岳寺
第30回(4月)慈善寺、法海寺、田義墓(宦官博物館)、承恩寺、皇姑寺、老山漢墓
第31回(5月)定州、開元寺、定州貢院、元代清真寺、唐代文廟、中山漢墓、明代城門
第32回(6月)雲居寺、漢白玉文化芸術宮、賈公祠
第33回(7月)白瀑寺、恭倹氷窯
第34回(8月)万佛堂、孔水洞石刻及塔、鉄瓦寺
第35回(9月)慶豊關遺址、張家湾城壁遺址及通運橋、張家湾清真寺、燃灯塔、永通橋、南新倉、匯通祠
第36回(10月)鳳翔寺、紅螺寺、甘澗峪古建築遺址群(朝陽庵)、鹞子峪城堡
第37回(11月)頤和園、北圩金山寺、団城・健鋭営演武庁
第38回(12月)清西陵、紫荊関、燕下都遺址、燕子塔、鎮霊塔、琉璃河大橋、西周燕都博物館

■2017年度
第39回(1月)中国国家博物館、東交民巷
第40回(2月)南口城(李公墓、南口村清真寺)、居庸関雲台、和平寺、西貫市清真寺
第41回(3月)番字石刻、白馬関城堡、白乙化烈士記念館、超勝庵
第42回(4月)河北博物院、正定古城、曲陽北岳廟、曲陽修徳寺塔→一泊旅行予定(4/22-23)
第43回(5月)白水寺、姚広孝墓塔、常楽寺、万佛堂、孔水洞石刻及塔
第44回(6月)雲居寺、石経山
第45回(7月)龍泉寺、醇親王墓、孚郡王墓、香岩寺、広済橋
第46回(8月)妙峰山碧霞元君廟、門頭溝博物館
オフ会(9月)平津戦役天津前線指揮部旧址、安氏祠堂、董家大院、関帝廟、安家大院、石家大院、
        楊柳青民俗文化街、京杭大運河西青段、十四仓遗址、平津上闸
第47回(10月)連泉寺(未達)、金陵、鳳凰亭
オフ会(11月)宣化遼代壁画墓群、宣化古城(大新門/西門、拱极楼/南門、宣化九龍壁、宣化博物館・
        察哈尔民主政府旧址、宣化天主教堂、財神廟、鎮朔楼・鼓楼、時恩寺大殿、清遠楼・鐘楼、
        玉皇廟、宣化清真南大寺)、明代土木之変遺祉
第48回(12月)清西陵、張坊(宋遼戦道、極楽禅寺、五級密檐塔)、涿州(双塔、永済橋、古城壁、高家大院、
        清真寺、永安寺塔)
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


2018年・新年のご挨拶

2018/01/20 10:05
皆様、新年あけましておめでとうございます。

北京あんてぃーく倶楽部の活動も2018年の夏で5年になります。その間、本体の活動はもちろんのこと、各小隊によるオフ会も頻繁に開催されるようになり、北京や北京の周辺にある歴史的文物に対する理解が深まり、北京をより深く好きになって来た方が増加していることを実感しております。

私自身は、2017年9月より、戦場をはるか南は広州に移しておりますが、今でも誰にも負けない北京ラブの気持ちを持ち、心は常に皆さんと同行しております。

今年2018年は、私が不在の機会が増えるため、山洞常任顧問と椎野事務局長を中心に、より深くより熱く北京あんてぃーく倶楽部の活動を皆さんの力で盛り上げていただければと願っております。行きたいところがありましたら、ぜひ山洞さん、椎野さんにご相談ください。きっと素敵なコースプランが仕上がってくることでしょう!

そして、5月と10月は、恒例の1泊旅行を開催できるように、私もより一層精進したいと思っております。

今年一年のPACのさらなる発展と皆様のご健勝を願って、新年の挨拶とさせていただきます。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


中国磁器の基礎知識「日本人の美意識と中国人の美意識の差異 その二」

2018/01/04 13:36
画像

中国の美意識で、よく言われることである表現で左右対称、シンメトリーという言葉がある。この表現は中国の北京の故宮(紫禁城)建築物をはじめとする建築物や都市空間を説明する最重要なファクターである。このシンメトリーは中国人の美意識の専売特許ではないだろうが、中国の一般人を含めて浸透している意識である。これは古代中国から連綿と蓄積されてきた世界観、宇宙観のひとつである道教、風水に依拠するところであろうかと思われる。都市空間であろうが、建築物、門、飾り、オブジェ、食器、デザイン等々隅々に至るまで、左右対称すなわち、左と右のペアを最高の美の表現してきた。

画像

よく中国で買い物をする時、ひとつのものを気に入って手に取ると、それが気に入ったならふたつ買ってペアがいいよ。と薦められる。商売上手なのであろうが、ペアで持つと付加価値が上がるというわけである。
たったひとつだけでは、価値観は今ひとつ、やはりふたつの対で持っていないとね。と訳である。ただひとつのかけがえの無い唯一無二のものではだめなのである。

画像

日本では、一概に言えないかもしれないが、陶器は、大量生産品は食器が中心で、作家は美術工芸品として扱われ、そのデザインは、自然感のあるもの、偶然性のあるもの、すなわち焼成工程で、作り手の創作意図を超越した偶然性を主張する作品を賞賛する傾向があるように思われる。また鑑賞する人達の褒め言葉として、この灰かぶりが、唯一無二の味を出していてなんとも言えませんね。と褒める。
しかしながら中国では、灰かぶりのある商品は、商品として売物にならず失敗作品として後世には残ってこなかったと思われる。
中国皇帝直属の窯では、1000個製造して最高の物1つを皇帝に献上したという。
したがって中国の陶磁器産業は、大量生産に耐えうる磁土、磁石、顔料、釉、窯、それぞれの工程ごとの専門家と職人、それを判定する皇帝官僚直属の監督官までが存在し、そして皇帝に献上したあとの作品(商品)を売りさばくネットワーク(商人たち)及び物流インフラ(海と陸のシルクロード、すなわち一带一路が存在することが、この中国陶磁器産業を1,000年以上の歴史を生み出し、数百年〜1,000年を誇る作品が現代のアンティーク市場や、オークション市場の主役を生み出したのである。

画像

中国と日本の美意識の差異の根底には、その陶磁器の原材料となる磁器、磁石、顔料のもとなる豊富な鉱物資源、焼成をするための薪の原料となる森林、その生産工程に欠かせない水源、そして人材の圧倒的な量的な優位性が、いかんともしがたい差異を発生させたのであろうと思われる。
中国の陶磁器市場は、中国大陸そのもの規模、人口、シルクロードも含め海外市場の広がりは作り手、商人のモチベーションの高揚は、今の中国の輸出産業以上のものがあったと想像に難くない。中国の陶磁器製造の資源は、大陸そのものに存在する鉱物資源、バックアップ製造インフラ及び海外からの輸入資源は無尽蔵であった。
これらにより、中国の陶磁器産業は、海外市場を見込んだ一大磁器産業の発達に至り、絹やお茶に並び称される国家の戦略的商品になる。一方、日本の陶磁器市場は、市場が日本に限定的であり、海外市場も中国陶磁器市場の補完的役割の担うポジションであったはずである。それは日本の陶磁器製造の資源は、日本の鉱物資源は限定的であり、また資源の輸入も限定的であった。日本の陶磁器産業は、陶器産業に収斂したと想像される。
したがって、日本の陶器産業は、中国で称賛された玉のように光る、蝉の羽のように薄い、
はじけば鐘のように響くとは、真逆の価値観を持った作品に収斂して行かざるを得なかったかもしれない。
イタリアのフィレンツェでルネッサンス絵画が開花したのは、パトロンたちのバックアップ、そして遠く東方から輸入されたラピスラズリーの青の顔料、この青がダビンチ、ラファエロ、フェルメールの創作意欲を高めたように、景徳鎮の職人たちは、遠くイランから輸入されたコバルトの青が発色されるを見て、その創作意欲を極限まで高めて行ったことであろう。 続く

文:田中保成  青花草堂主人 http://bw-antique.jp/ 
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


第48回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・琢州ツアー)2日目後編

2017/12/23 17:18
お昼まではまだ時間があり、サクサクとスケジュールが進行していたので、清行宮と薬王廟を先に見学しようと行ってみましたが、なんと日曜日はどちらもお休み。嘘でしょ〜、日曜日以外誰が来るねん!
画像

画像

画像

文句を言っても開けてくれる人もいないため、しょうがないので侵入スペースを探すもちょっと無理そう。悔しい。
画像

画像

気を取り直してアルコールエネルギーチャージのためランチへ。
画像

画像

午後の一発目は博物館見学を予定。なので、その対面にある新疆料理のお店に入ります。
画像

画像

メンバーが以前にも来たことがある店らしくシシカバブはないものの、羊腿肉を堪能しました。
画像

画像

涿州市博物館は、パスポートを見せると無料で入れます(むしろ証明証不携帯だと入れない)。最近作られたのだと思いますが、田舎町にしては大変立派なデザイン性も高い博物館です。
画像

画像

画像

画像

涿州は、三国志演義の「桃園の誓い」で有名ですが、地政学的にも非常に重要なポジションを占めているため、歴代王朝が重要視した城市でもあります。
画像

画像

画像

当然歴史的文物も数多く、ご当地ならではの豊富で貴重な展示物に、ほのかに頭に回ったアルコールとともに上質な時間を過ごせました。
画像

画像

画像

画像

特に石刻展示が良かったですねー。
画像

画像

この博物館周辺は、回民街のようだったので、散策がてら涿州清真寺に行くことにしました。途中、偶然にも元々の城壁門跡に当たる通会楼旧址を発見。ラッキー!
画像

画像

画像

だからプレートに落書きすんなって言ってんだろ、このピーって豊田元議員じゃなくても言いたくなるよね。
画像

画像

画像

清真寺は、そこからすぐの場所で。とてもシックで落ち着いた寺院でした。誰もいなかったので奥まで入って見まくり放題。

バスに乗り込んで、いよいよ最後のポイント永案寺塔に向かいます。随分と細道になって来て、これ以上はバスは無理という場所から歩きで目的地へ。
画像

画像

片道1kmくらい歩いたのでしょうか。「まだかよー」と誰もが心の中で思った次の瞬間、右側にボロボロのイケてる古塔が現れて来ました。
画像

画像

永安寺塔、遼代の創建。仏教舎利塔。刁窝郷塔照村北150m。当初、永安寺の境内にあった塔ですが、現在は塔のみ残存。当地の人からは「塔児照塔」と呼ばれています。八角密檐式実心磚塔。高さ20m。
画像

画像

逆説的ではありますが、修繕されてないところに趣きがあります。メンバーで来たことがある人が、もう一つプレートがあるはずといって、目の前で埋もれていた石の発掘にとりかかります。
画像

画像

するとどうでしょう、素敵な省保プレートが現れて来たではありませんか。最後の最後で良いことをしたね、我々。

日も暮れかかって来たので、急ぎ北京に向かって出発しますが、最後の最後でアクシデント。高速道路が事故のため封鎖されたようです。よくもまあこんなにしょっちゅう事故に出くわすよね。しかし、今は便利なツールがあります。きっちりアプリでルート確認して、回り道をして予定より約1時間半ビハインドでケンピンスキーホテルに到着しました。

これにてとっても楽しかった1泊2日のツアーは終了なのですが、ほとんどのメンバーが楽しさの余韻を引きずって反省会になだれ込みます。
画像

本当に本当に楽しいツアーでしたね。またしばらくPACロスになるんだろうな〜。

(終)
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


第48回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・琢州ツアー)2日目前編

2017/12/23 15:54
2日目(12月10日)

朝は清々しく起きたいものですが、やはり若干昨晩のお酒が胃に残っています。とはいえ、例年よりはシラフに近い感じです(笑)。
画像

画像

腹ペコの嫁さんプレッシャーで7時スタートの朝食ビュッフェに定刻に向かいます。もう既にメンバーがいてセレクト中。まさかオープン前から並んだのか?
画像

画像

かなりまともなビュッフェで、飲茶もあるし、スイーツも充実。ブラックのコーヒーさえあれば最高だったのですが、そこまで贅沢は言えません。個人的にはなんだか卵料理ばかり食べたような。

と、そこそこ褒めまくったホテルでしたが、16室抑えていたのでチェックアウトはさすがに時間がかかりました。横から別のお客さんの圧もガンガン来ます。8時45分出発予定が、9時出発に。ただ、最初の目的地は歩いて5分の場所。目の前の北拒馬河にかかる、永済橋です。涿州観光は経験者もいて、道案内してくれるので楽チン。
画像

画像

永済橋。明の万暦二年(1574年)創建。別名を、大石橋。創建時は、「拒馬河橋」と呼ばれていました。長さ153m、幅8.5m、高さ4.2m、九孔石拱橋。清の乾隆二十五年(1760年)に、「永済」と改名。涿州八景の一つで、「拒馬長虹」と称されています。かつて乾隆碑や李鴻章手筆「永済橋」碑などあったようですが,革時に壊された模様。
画像

画像

画像

最初に北側からアタックしてみますが、入口を結構頑丈にふさがれています。メンバーが下から潜って侵入し、「大石橋」プレートを撮影。ナイスです!
画像

画像

画像

永済橋の隣にかかる現在使用されている橋を歩いて、その勇姿を横から眺めます。美しい橋です。メインのブリッジになっている部分以外のロングテールがかなり長く残されています。貴重です。
画像

画像

画像

画像

次に、南側からアタック。ここは、皆がそこそこ普通に侵入して、国保の「永済橋」プレートをゲット。ふと、外側に打ち捨てられている壊れたプレートを二つ並べて見ると、なんと省保プレートと言うことが判明。大切にしてほしいものです。
画像

画像

そこから細道をくぐり抜けて、涿州の古城壁を見学。見事としか言いようがない規模と距離で残っています。範陽路以北、北関華陽公園の南、城西北街の東側に位置。現存している城壁は清代康熙六年(1667年)に再建したものだそうです。
画像

画像

画像

画像

2005年の城壁調査で、現存する城壁の長さは1038.5m,幅0.3mから21.4m、高さ0.5mから12.7mということが判明。その中で、現在の華陽公園南側の北城壁は、西から東へ107号国道から小頂街附近に152m残存。西城壁は2か所現存しており、北から南へ華陽公園から華陽路に至る長さ786.5mが残っています。商業機械工場には100mほど残っています。
画像

画像

画像

ついで、その近くにある涿州双塔を目指します。胡同の中を分け入ると、まずは一つ目の北側に位置する塔「雲居寺塔」が現れます。雲居寺塔、遼の大安八年(1092年)創建。六層密檐式で、高さ56m。
画像

画像

その異様な圧というか荘厳さは、まさに遼代の様式ならではのもの。残念ながら、四方を住宅で囲まれていて、プレートがあるであろう敷地内には入ることはできませんでしたが、その周囲を歩きながら色々な角度で堪能させていただきました。
画像

画像

ついで、その雲居寺塔から直線300mの距離にある南の塔「智度寺塔」に向かいます。智度寺塔、遼の太平十一年(1031年)創建。五層密檐式で、高さ44m。こちらの方が補修した後が色濃く、随分と綺麗になっていました。
画像

画像

画像

どこか小高いところに登れば、二つの塔をもう少し一緒に並べて撮影できるのになあと思いつつ、南塔側から記念撮影。
画像

画像

予定にはありませんでしたが、ついでに地図上で発見した高家大院に寄ってみることにしました。プレートはないようでしたが、家の前で商売していた金具屋の親父が「ここが高家大院だよ」と教えてくれました。
画像

画像

現在は、普通に民家になっていましたが、清代らしい邸宅の規格はそのまま残っていました。もちろんボロボロで壁などは修復されてましたが、中軸線と配楼の配置はそのまま。屋根瓦も一部昔の痕跡を残しているようでした。
画像

画像


(2日目後編に続く)
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


第48回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・琢州ツアー)1日目後編

2017/12/23 11:46
(1日目前編からの続き)
しこたま飲んでバスの中でうとうとしていると、あっという間に清西陵へ到着。毎年恒例行事の易水での荊軻遊び(笑)。
画像

画像

「風粛々として易水寒し、荘士一度さりて復た還らず」ついつい語ってしまいます。さすがは司馬遷の名文です!
画像

画像

そこから神道を少し歩いて、世界遺産プレートと前楼をみてバスに戻ります。
画像

画像

画像

まずは先に光緒帝の崇陵へ。
画像

画像

毎年来ていますが、昨年修復してた時に比べて随分と整備が進んでいました。
画像

画像

全て参観できる通しチケットはオフシーズン価格で80元。先ほどの戦道の45元に比べるとお得な気がします。
画像

画像

画像

チケットを切られる際に、「地下宮殿は停電だから気をつけて」とスタッフから言われ、真っ暗で何も見えないのではと言う心配がよぎりましたが、ろうそくが数多く立てられていて、むしろ幻想的な雰囲気で良かったです。
画像

画像

画像

画像

ただ、石扉のレリーフなどはやはり見えにくかったですが。
画像

画像

冬場の午後の参観は時間との戦いです。もちろん17時まではオープンしているのですが、16時半には日が暮れてきて文物を見るのが厳しくなります。急ぎバスに乗り込んで、雍正帝の泰陵に向かいます。
画像

画像

画像
勝手知ったるとはこのこと。バス停から降りるや最短距離で泰陵へ。今日も清々しい青空で良い天気です。随分と着込んできましたが、コートは脱いでも全然大丈夫でした。と言うことで、泰陵が例年のように荘厳な姿で我々の眼前に現れてきます。何度見ても飽きない光景です。
画像

画像

画像

石碑を見て、前殿をくぐり、寝陵部分をただひたすらまっすぐ歩きます。
画像

画像

寝陵の上は、円を描いて歩けるようになっていて、そこを一周しながら物思いに耽るのが例年の慣習になってきました。思うことはいろいろですが、歴史ミステリーについて研究課題が次々に頭をよぎります。
画像

画像

画像

雍正帝からも「また来たの?あんたも好きね」と言われているような気がします(笑)。

泰陵から昌西陵に向かうバスの車窓から、嘉慶帝の昌陵を横目で見つつ(未開放)、そのお妃の陵墓へ。この昌西陵に寝るお妃が歴史上有名とかではなく、ここにある回音壁で遊ぶことが目的です。
画像

画像

時間はすでに16時20分。急いで回音壁に集合して、まずは私の方から「北京あんてぃーく倶楽部」と第一声。
画像

画像

澄み渡る空気に波動が響き渡り、それが自分の声なのか、はたまた、天から降りて来る福音のようにも思える。そんな楽しい音響効果がここにはあるのです。
画像

各人、今回初めて来た人も毎年やって来てる人も、初めてやっても何回やっても感動が胸にしみます。ちょうど日も暮れかかって、その美しい夕焼けが地平線に沈んで行く様が、さらに素敵な1日のフィナーレを演出してくれました。
画像

18000歩くらい歩いていたようで、涿州に移動するバスの中では皆さん疲れ切って熟睡してました。遊び疲れた子供の様な人たちです(笑)。

今回のホテルは、涿州市内の水岸花城商務酒店。昨年、易県のど田舎に宿をとったため、お湯が出ないとか部屋が寒いとか色々問題がありましたので、今回は下調べバッチリで選びました。良いホテルでしたね。うちの部屋でゴキを5匹ほど退治しましたが。。。
画像

画像

夜は、素晴らしい日本酒、白酒を持参して、お隣の火鍋屋で大宴会。席の関係上2つに分かれてしまったのが残念でしたが、大いに食って飲みました。
画像

画像

画像

ホテルに戻ってからは、毎年恒例の部屋飲み大宴会。正気を失ったメンバーがベットで泳いだりしています。まあいっか、年末だしね。
画像

画像

画像

画像
画像

画像

散々騒いで飲んで笑って12時前にはお開きになりました。

(2日目前編に続く)
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


第48回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・琢州ツアー)1日目前編

2017/12/23 10:37
12月度の北京あんてぃーく倶楽部活動報告になります。


長編になりますので、1日目と2日目をそれぞれ前後編に分けて、全4部で報告します。
また、「琢州」の「琢」は、本来「氵」が正しいのですが、文字ばけするため便宜上当て字しています。

12月は毎年恒例の清西陵へのお墓参り1泊2日ツアーです。清西陵を軸に、その周辺を散策するのを目的としていますが、今年は房山区の張坊と河北省&琢州を巡ることにしました。

■日程表

@12月9日(土)

0730 ケンピンスキーホテルロビー集合

0900 張坊鎮宋遼戦道

1000 極楽禅寺

1100 張坊村五級密檐霊塔

1200 昼食

1330 清西陵(泰陵、崇陵、昌西陵<回音壁>)

1800 ホテル着(涿州・水岸花城商務酒店)



A12月10日(日)

0845 永済橋

0930 古城壁、双塔、高家大院

1130 清行宮、薬王廟

1200 昼食

1330 琢州博物館、琢州清真寺

1530 永安寺塔

1830 北京市内着→反省会

9日朝、ケンピンスキーホテルのロビー。大体のメンバーが早く集合するため、私も早めに到着。今年の北京あんてぃーく倶楽部の締めくくりを飾るツアーは、参加者16名。バスは32人乗りの大型バスを準備。機動力は弱いですが、車内時間も長くなるツアーだけにゆったりを優先しました。
画像

毎年恒例で美しいケンピンスキーのクリスマス装飾に見送られて、ほぼ予定通り出発。バスの中は前日リクエストを募っていた80年代アイドルソングと各年代を代表するアイドルソングをBGMに、朝からノリノリ。あっという間に、最初の目的地である張坊に到着。
画像

張坊鎮宋遼戦道。周口店から清西陵への途中、北京市内から西南約80km、河北省境の房山区張坊鎮張坊村に位置しています。およそ1000年前、北宋時代に遼の侵入を防ぐために造られた地下道であり、戦時中に地下に兵士を埋伏させ敵を急襲した場所です。
画像

1991年に発見されたこの地下戦道は、全長1500m。現在500m程が修復され一般に公開されています。北京地区で発見された唯一の軍事用道路であり、地下4m、幅2m、耐火制のレンガを積み上げ築かれており、両側にチベット兵の駐兵室、兵器室、指令室などがあります。明の洪武期にも、元朝の反抗に備えるために使用されていました。
画像

それにしても寒い!流石に田舎に来ると気温がぐっと下がる気がします。おまけにチケット代が45元。強気です。本当にそれだけの価値があるのか疑問を抱きながらも、いざ地下道へ。
画像

中国ではおなじみの三色にライトアップされた一直線の道をひたすら進みます。両側の壁には、飽きを来させないように各部屋に模型、壁にはパネルがこれでもかとかかっています。でも、結論を言うと飽きます。
画像

画像

ただ、今回初めてわかったのは、ここはこの戦道の張坊段にすぎず、さらに周辺のニつの村からも同じような地下戦道が発見されていると言うことです。しかも、1000年も前に作られていたものが、歴代使用されて、日中戦争の際にも使われていたのに、91年になってようやく日の目を見たと言うのは面白い話でした。
画像

画像

画像

サクッと早歩きで地下道を踏破し、地上に出て極楽禅寺を目指します。
画像

画像

道端の表示には500m先とありますが、寒空の中結構な距離を歩きます。張坊村西南の坊易路南側。道路を渡って南の方に回り込むと正門がありました。
画像

極楽禅寺、唐代の創建。明代に隆盛を極めたようです。嘉靖八年(1529年)、乾隆五十年(1785年)にも重修され、光緒年間(1883年)に、京都内務府営造司正黄旗首領・化天徳と信者たちによって修復工事がされました。
画像

画像

その年、僧の数は数百に上り、線香の煙が絶えなかったそう。その素晴らしい廟は抗日戦争の際に破壊されました。2011年、政府の要請により意音光師父が極楽禅林住職に任ぜられ、修復と再建を行いました。近年、大雄宝殿と後罩楼を再建したようです。新築感が漂っています。
画像

確かに、建築様式は明代のもので、一番奥に今は使われてないようですが蔵経閣(后楼)まで備えています。本当はこのあたりにもう一つ革命烈士郭士紅の記念碑があるはずなんですが、見当たらず断念。

プラプラと歩いて、張坊小学校にあるという五級密檐式の塔へ。10分くらい歩いたところで、細道の中に塔を発見。
画像

画像

遼代創建。別名を、張坊小学塔、懺悔正慧大師霊塔。石製の八角経鐘塔。正慧大師、姓は斉、河北省永清県の人。幼年時に出家し、北京の天王寺(天寧寺)の三蔵を師とし、また永泰寺の司徒疏主大師に従事しました。生涯清貧を貫き、人々の尊敬を集めましたが、遼の天慶六年(1116年)に逝去。その功徳を想い建てられたのがこの塔です。
画像

画像

ものの解説では、正面には「奉為先師大師特建佛頂尊勝密言霊塔」の文字が刻まれており、また、各面に塔銘と『佛頂尊勝陀羅尼経』が刻まれています。それを見るために、正面に回り込もうとしますが、どうやら学校の中からしか入れないようでした。
画像

画像

画像

時間もちょうどお昼どき、清西陵の周辺にはろくなレストランがないことも毎年のことで承知していたため、張坊にて昼食をとりました。最初の宴会で、16名で円卓を囲めたのでいきなり盛り上がりました。
画像

画像

画像

画像

(1日目後編につづく)
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


第49回北京あんてぃーく倶楽部活動予告(国博見学)

2017/12/11 08:59
2018年1月PAC活動のご案内です。

1月は中国国家博物館の見学です。
また見学後は北京坊(塩業銀行/交通銀行旧址、金店旧址、勧業場旧址他)を散策し
清代8大楼(清代8大人気レストランの意味)の1つ「泰豊楼飯庄」でランチ予定です。


■日程:2018年1月21日(日)
1000地鉄・天安門東站D出口集合
1030国家博物館見学
1230「泰豊楼飯庄」(予定)でランチ
1400解散

※午前中のみ、食事のみ参加の方は、その旨御連絡ください。
※必ずパスポートを携帯ください。
※国家博物館は、大きめのリュックなどは預け荷物となり一個あたり10元掛かります。ご注意ください。


■応募締切:1月10日(水)

■応募方法:参加出来る方は椎野までご連絡下さい(微信可)。
※また初参加の方は、下記メールアドレスまでご一報ください。
※メールアドレス:shiino@bjnt.com

皆様のご参加をお待ちしております。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


後編:11月度の北京あんてぃーく倶楽部活動(河北省宣化古城めぐり)

2017/11/28 01:09
11月度の北京あんてぃーく倶楽部オフ会活動(河北省宣化古城めぐり)の後編です。

昼食を終えて、歩行街に戻り「財神廟」をちょっと見学します。
画像

画像


そして中心部の「鎮朔楼・鼓楼(国保)」へ。
画像


明正統五年(公元1440年)の建築です。秋晴れの青空にバッチリ映えます。
画像

画像

画像


思い思いにあたりを散策して次は隣にある「時恩寺大殿(省保)」へ。しかし、ここも1130-1500まで昼休みで中に入れず。境内には多宝塔があるはずでしたが残念。ちなみに「時恩寺」は明成化六年(1470年)の創建。
画像

画像

画像


このあたりは歩行街もかなりローカルな雰囲気。
画像


そして歩行街のゴール、「清遠楼(鐘楼/国保)」へ。明成化十八年(1482年)建築の全国重点文物保護単位です。楼の下には深い轍が刻まれた石路がガラスで覆われて保護されています。この清遠楼(鐘楼)が城の中心部だったのだなと往時を空想するのもいいものです。
画像

画像

画像

画像


さらに「清遠楼(鐘楼/国保)」の北西に位置する「廟底街歴史文化街区(区保)」、「玉皇廟(区保)」、「宣化清真南大寺(区保)」をチェック。
画像

画像

画像

画像

画像


「宣化清真南大寺」はかなりの見応えです。
画像

画像

画像


まだまだ見ていたいですが、夕方の渋滞が心配なので1500にバスに乗車して宣化古城を出発。うつらうつらしながら1600明代土木之変遺祉(河北省張家口市懐来県土木堡村)に到着。
画像


「土木の変」(どぼくのへん)は1449年(正統14年)に明朝正統帝(英宗)がここ土木堡でオイラートの指導者エセンと戦って大敗し、正統帝自身が捕虜となってしまった戦いです。今は立派な牌楼が建つのみであたりは荒涼とした初冬の景色が広がるのみです。
画像

画像

画像

画像


夕方1900過ぎ、全員無事に北京市内に戻り、アサヒスーパードライで乾杯!
画像


お陰様で今日も充実した素晴らしいオフ会となりました。是非、また次回!
記事へナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 1


前編:11月度の北京あんてぃーく倶楽部活動(河北省宣化古城めぐり)

2017/11/28 01:06
11月度の北京あんてぃーく倶楽部オフ会活動(河北省宣化古城めぐり)の報告です。(前編)

■日程
2017年11月19日(日)

■スケジュール
0700北京出発(終日貸切バス利用)
0930宣化遼代壁画墓群(国保)
1015宣化古城(大新門/西門、拱极楼/南門、宣化九龍壁、宣化博物館・察哈尔民主政府旧址/省保、宣化天主教堂/省保)
1200昼食(宣化古城内・老字号レストラン)
1300宣化古城(財神廟、鎮朔楼・鼓楼/国保、時恩寺大殿/省保、清遠楼・鐘楼/国保、玉皇廟/区保、宣化清真南大寺)
1500宣化古城出発
1600明代土木之変遺祉(河北省張家口市懐来県土木堡村)
1900北京到着、懇親会

今月は、オフ会で「河北省宣化古城めぐり」を開催しました。当日は少々寒かったですが良い天気で絶好のあんてぃーく日より。17名が参加、いつも通り終日貸切バス利用で北京市内から宣化古城を目指します。

宣化古城は北京の西北150km,張家口市の東南28kmに位置し、文コ元年(888年)に城の建築が始まった悠久の歴史を持つ古城です。城内には国家級重点文物保護単位が3ケ所(遼代壁画墓群、鎮朔楼/鼓楼、清遠楼/鐘楼)、河北省級重点文物保護単位が6ケ所(拱极楼、察哈尔省民主政府旧址、五龍壁、旧城垣、時恩寺、遼代壁画墓群二区)あるそうです。期待が高鳴ります。
画像


心配された八達嶺付近の交通渋滞もなく順調に走行してほぼ予定通り0945に「宣化遼代壁画墓群」(国保)に到着。入り口の門が閉まっており、我々以外、他には誰も訪問者が無く、ちょっと心配になりました。しかし、入り口で記念撮影をしているところに、係の方が出てきてくれて無事ご開門。親切に案内してくれました。
画像


「宣化遼代壁画墓群」は別名「下八里遼墓群」とも呼ばれ、宣化古城の西北4kmに位置します。遼代晩期から金代中期の墓群で12座ほどの古墓が確認されています。
画像

画像


このうちの1座について内部まで入ることが出来き、地下に向かって階段を下りていくと石室内は美しい壁画で覆い尽くされています。天井には星座、壁面には楽器を演奏する様子や侍女などが描かれています。これを見ただけで、来た甲斐があったと実感出来ます。
画像

画像


ちなみに公開はされていませんが他に9座の遼代壁画墓葬が確認されているそうです。後ろ髪を引かれながら、次に向かいます。
画像


次は宣化古城の西門、「大新門」です。宣化古城は城の北と東の部分に多くの未修復城壁(土壁)が残されていますが、「大新門」は立派に修復され、往時の威容を誇っています。
画像

画像

画像


そしていよいよ宣化古城南門でバスを降りて古城に入城。南門には立派な「拱极楼」(省保)が聳え立っています。
画像


「拱极楼」の前で宣化古城・国家級重点文物保護単位のプレートを撮影。薄くて非常に見づらいです(笑)。
画像


「拱极楼」は明洪成二十七年(公元1394年)の建築で南門(昌平門)の楼です。基台上の楼は2階建てで高さ14m、立派でかなりいい感じです。
画像

画像


「拱极楼」を抜けるとそこから北に向かって一直線に鎮朔楼(鼓楼/国保)、清遠楼(鐘楼/国保)が並んでおり、歩行者専用道路になっています。
画像


少し北上して左折すると、そこには「宣化九龍壁」、「宣化博物館」、「察哈尔民主政府旧址(省保)」、「宣化天主教堂(省保)」がまとめてあります。

まずは「宣化九龍壁」です。大きな通りに面して立派な瑠璃の九龍壁。思い思いに写真を撮って楽しみます。
画像

画像

画像


次は「宣化博物館」。「察哈尔民主政府旧址(省保)」の建物を利用して博物館として開館(2011年より一般開放)しています。ここには先ほどの「宣化遼代壁画墓群(国保)」出土品があるはずだったのですが、何と1130〜1430まで昼休みで閉館。残念ながら中を見ることが出来ませんでした。
画像

画像


気を取り直して「察哈尔民主政府旧址(省保)」の中庭に入り、外から建物のみ参観。「察哈尔(チャハル)民主政府旧址(省保)」は中国共産党の指導の下、1930年に建てられた全国第一の省級人民政府とのこと。
画像

画像


そのすぐ隣には「宣化天主教堂(省保)」、清同治元年(公元1862年)建築。ちょっとユニークなデザインの大教堂です。
画像

画像

画像


教会の脇には日本でも有名なフランシスコ・ザビエルの石像がありました。日本での布教の後、1552年に中国へ渡るも同年12月に広東省上川島で病死。享年46才。
画像


1150お腹がすいてきたところで、さっきの「宣化九龍壁」すぐ近くの「老字号レストラン・朝陽楼飯庄」で火鍋ランチ。寒いから火鍋がおいしいです。地元には「鐘楼啤酒」なんていうローカルビールもあります。
画像

画像


あとで調べたところ、この朝陽楼飯庄、1862年創業の大変歴史のあるお店で、かつては八カ国連合が来て西に逃れた西太后もここで食事をしたことがあったようです。
画像

画像


実はそんなことを知る由も無かった倶楽部メンバー一行は(笑)、十分食べて飲んでエネルギー満タンで午後の部に突入します。
後編に続く〜。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


第47回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(金陵巡り)

2017/10/29 20:43
10月度の北京あんてぃーく倶楽部活動報告になります。


■日程
10月22日(日)

■スケジュール
0730 建外SOHO A座ロビー集合
0900 連泉寺遺址
1100 十字寺遺址
1200 金陵
1330 昼食(北平食府)
1500 解散

今月は、房山区にある金の歴代皇帝が寝むる金陵とその山を挟んで反対側にあるという蓮泉寺を目指しました。8月以来の開催となる本隊の活動ですが、山登りと前触れをしたせいか参加者は12名とやや少なめ。機動力とバスのサイズを考えるとちょうど良い人数ですが。
画像

6月以来、久しぶりの南路線で房山地区を目指します。安定の1時間半です。最初に目指したのは蓮泉寺。事前にネットで情報収集をして、山登りに詳しい会員にも情報共有していたのですが、バスのたどり着いた場所はなかなかハードな場所で、車を降りるとすぐに山登りがスタート。
画像

画像

画像

大体登り20分くらいで目的地に到着する予定で、いざ登り始めるとなんとなく前途に不安がよぎります。15分ほど登ると指示版があり、コースに間違いがなかったことがわかって俄然元気が出ます。
画像

画像

ちょうど紅葉の季節ということで、心理的にも自然を愛でる余裕も伺えたのはここまで。
画像

画像

さらに15分登るも、どう考えても目的地はまだまだ遠い感じ。そもそも目指す蓮泉寺は、遼代創建の禅寺で、明代までは存在したのですが、最後に生臭な坊主が出て取り壊されてしまい、現在はその残骸とも言える石碑などが野っ原に散在しているという場所。
画像

画像

この「野っ原」に行き着くイメージが全く湧かぬまま、なかなかに急勾配な山道をさらに15分登ってみます。皆の心の声が聞こえて来ます。「騙された」と(笑)。
画像

画像

これ以上の山登りは難しいと、サクッと諦めて下山。「登りは精神力、下りは筋力」という名言が身にしみます。足がすでにカクカク。45分のトライアルでは探し出せませんでしたが、次回どなたか90分くらいのトライアルをしてほしいなと。
画像

画像

金陵に向かう途中、ルート上懐かしの白水寺公園を通過したので、ついでに道沿いにある鳳凰亭によってみました。
画像

画像

清雍正年間に作られたこの亭は、中の石碑も見事ですが、それを囲っている四角形石造りの亭に施されたレリーフが素晴らしいです。
画像

新しくトレッキングコースとして整備されている金陵に来るのは2度目だったため、入場券売り場で交渉して車のまま金陵横付けオーケーの許可をもらいます。もし駐車場で下りて素直に歩くと、それだけで徒歩20分かかります。
画像

神道の入り口にあるプレートからスタートして、陵墓の方に進んでいくと、清代に作られた陵墓前の階段部分が見えてきます。こちらは故宮などと同様に、皇帝が通る中央線に見事なレリーフがあります。
画像

画像

画像

それにしても、前回と変わらず雑草だらけの荒地で、今回は管理人のおっさんも昼時だったためか不在で、墓の発掘現場も中に入ることができませんでした。
画像

画像

画像

本当は周辺にいろいろ陵墓関係の遺跡があるはずなのですが、ぐるっと一周してみましたがそれらしいものは見当たらず、結局またさらに不毛に歩いただけで撤収となりました。
画像

画像

画像

十字寺遺址に行く選択肢もあったのですが、時間も時間で、心身共に疲弊してしまったので、素直に諦めて北京市内に戻りました。
画像

画像

昼食は、北京料理の王道「北平食府」にて、北京料理の数々を堪能してエネルギーを回復。
画像

画像

画像

画像

画像

まあこんな回があるのも北京あんてぃーく倶楽部らしいということで(笑)。
記事へナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


11月オフ会開催のご案内

2017/10/26 16:22
PAC会員 各位

11月のオフ会のご案内です。
今のところ、以下3コースで計画中です。
参加出来る方でコースを決定します。

実施日 11/19(日) PACオフ会

コース@ 天津市内近代建築をオシャレに散策ツアー(多分高鉄利用) 参加人数最高12名程度まで。

コースA 宣化市内 遼代壁画、宣化古城ツアー(貸切バス利用) 参加人数 最低12名より

コースB 宣化郊外 柏林寺、石佛寺石窟ツアー(貸切バス利用) 参加人数 最低12名より

原則参加人数が少なければ天津、多ければ宣化方面で考えています。
バス代はお一人様200元を超えない程度で計画しています。

詳細
@天津
800 北京南-天津駅
金融街、フランス租界、日本租界、イタリア租界、鼓楼エリア、古文化街
1700 天津駅〜北京南
1800 反省会

A宣化市内
0700 北京燕莎中心凱賓斯基飯店 集合
0930宣化遼代壁画墓群(国保)
http://blog.sina.com.cn/s/blog_612f7ed3010147aj.html
1015 宣化古城
https://baike.baidu.com/item/%E5%AE%A3%E5%8C%96%E5%8F%A4%E5%9F%8E/3408431?fr=aladdin
1115 宣化博物館/察哈尔民主政府旧址(省保)/天主教堂
http://blog.sina.com.cn/s/blog_575233dd0101hdcj.html
1200 昼食
1300 宣化五龍壁(省保)
http://blog.sina.com.cn/s/blog_a2ec9f6d0101cucl.html
清远楼(省保)
镇朔楼(省保)
时恩寺大殿(省保)
1500 宣化出発
1830 反省会

B宣化郊外
0700 ケンピンスキー集合
1000 宣化柏林寺(国保)、石佛寺石窟
http://blog.sina.com.cn/s/blog_72483acb0102vf4v.html
http://bbs.fengniao.com/forum/3163746.html
1200 昼食
1300 涿鹿观音寺(省保)
http://blog.sina.com.cn/s/blog_72483acb0102vfoe.html
涿鹿鼓楼(文昌阁)(省保)
http://blog.sina.com.cn/s/blog_72483acb0102vfn9.html
1430 出発
1800 反省会

参加出来る方は、希望コースを添えて、椎野までご連絡下さい。
メールアドレス:shiino@bjnt.com

初参加の方は、メールアドレスまでご一報ください。

応募締切 11月10日(金)

皆様のご参加をお待ちしております。
椎野
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


青花草堂セミナー 第1回

2017/10/25 00:21
画像

画像

画像

画像

画像

画像

画像

画像

画像

画像

画像

画像

画像

画像

画像

画像

画像

画像

画像

画像

画像

画像
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


中国磁器の基礎知識 「中国人の美意識と日本人の美意識 その1」

2017/10/17 00:04
画像
このテーマについて、中国磁器に魅入られ、中国磁器を知り、中国磁器を研究し、中国磁器を所蔵する日本人として、マーケテイングの視点で考察してゆきたいと思います。


画像

画像

よく言われていることですが、「中国人は磁器を好み、日本人は陶器を好む」と。
そのそれぞれの特徴は、磁器の材質は、ガラス質で、薄く、光輝き、左右対称のものが多く脆さを感じさせます。一方陶器の材質は土で、厚く、光を発せず、左右対称ではなく、自然感が強いものが多いのが特徴です。

画像

中国でも陶器は製造しており、秦の始皇帝の兵馬俑、唐三彩が有名です。中国の磁器は景徳鎮が今も昔も有名ですが、景徳鎮は現在 磁器の街として、中国名瓷都1000年として、磁器の観光地として、世界中のバイヤーの注目の的になっています。

画像
画像
画像

有田焼(古伊万里)が400年、景徳鎮が1000年、この年月の差だけでも中国人の磁器に対する思いや美意識の強さに圧倒的な差を感じてしまいます。

画像

画像

画像

また作り手の意識もどうも違うようです。先日NHKの美術関連の番組で、茶道の茶碗の作り手の銘家である楽茶碗の黒楽茶碗を紹介していましたが、その何代も続く銘家は一子相伝であると紹介していました。またその茶碗を評して、ほめ言葉として石のように黒く硬くみえると絶賛されていたのが印象的でした。中国の磁器には、近代現代では別ですが、作家の銘は入りません。磁器は個人作品でなく、窯のワークショップが作業分担して製造するメーカー物だからです。また中国の磁器に石のように綺麗という表現の褒め言葉は聞いたことはありません。中国の磁器に対する褒め言葉は「玉のように光る」なのです。

画像

画像

画像

日本の室町時代では、中国の磁器がもてはやされ、いわゆる天目茶碗や青磁が大人気で、お殿様や大商人たちが好んで取り寄せ、今でも日本の国宝として評価されているものがあります。その天目茶碗に黒釉の茶碗があり、曜変、油滴、兎毛などデザインが一切施されていないものがあります。この黒釉茶碗と楽茶碗の黒楽茶碗はまったく違います。これが中国人と日本人の美意識の違いのひも解くヒントになるのではないしょうか?

Written by:青花草堂主人 田中保成
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 8 / トラックバック 0 / コメント 1


後編:9月度の北京あんてぃーく倶楽部活動(天津郊外ツアー・石家大院と世界遺産京杭大運河)

2017/10/15 01:05
いよいよ「石家大院(国保)」です。国保とは国家級文物保護単位のこと。ちなみに「市保」は市級文物保護単位、「区保」は区級文物保護単位のことです。「石家大院」は清末天津八大富豪の1つ、石元士の住宅で1875年に建築されました。立派な門構えです。
画像


中に入るとまずは縁起の良い大きな白菜の彫刻、かなりデカい!
画像

邸内には演劇場もあり京劇をやっていました。
画像

新婚さんいらっしゃ〜いのコーナーもあります。
画像

瓦など装飾の彫刻もすごいです。
画像

画像

画像

画像

画像


「石家大院」見学の後は近くのローカルレストランで昼食をとり、付近の楊柳青民俗文化街を散策。関帝廟〜大清税局〜金鼎堂〜董家大院(市保)〜聚金堂〜安氏祠堂(市保)/楊柳青年画館とまわります。
画像

画像

画像

画像

画像

董家大院は残念ながら開放しておりませんでした。
画像

画像


「安氏祠堂(市保)」は1720年の建築、現在は楊柳青年画館となっています。年画とは正月に飾られる伝統絵画で楊柳青は中国四大年画の一つとして明代から名声を博してきたそうです。今日も職人さんが色付をしていました。
画像

画像


さて楊柳青見学はここまでで、バスに乗り北京方面に戻ります。途中、天津武清区の「十四仓遗址(国保)」に立ち寄り。ここはかつて運河が寛く広がっていた場所で、水辺に倉庫が立ち並んでいたそうです。今は村の名前にだけ痕跡を残すのみです。村の入り口には立派な国保プレートが建てられていました。
画像

画像

画像


本日最後、次に立ち寄ったのが河北省香河県の「紅廟村金門闸」。途中の道からバスが入れずに約1キロを歩きで向かいます。通りがかった三輪車に乗せてもらった強者もおりました。ここも運河遺祉ですが単位の中にあり、門が閉まっていて中に入れませんでした。(以前、訪問した際はたまたま中に入れ見学することが出来ました)。中には国保プレートが建てられ、石組の巨大な遺構が残っています。
画像

画像

画像

参加者の一人が自撮り棒で撮った中の様子。
画像


夕方1830、全員無事に北京市内に戻り、居酒屋でアサヒスーパードライで乾杯!
充実した素晴らしいオフ会となりました。
画像


記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


前編:9月度の北京あんてぃーく倶楽部活動(天津郊外ツアー・石家大院と世界遺産京杭大運河)

2017/10/14 23:02
9月度の北京あんてぃーく倶楽部オフ会活動(天津郊外ツアー・石家大院と世界遺産京杭大運河)の報告です。

■日程
9月24日(日)

■スケジュール
07:00-7:30北京出発(終日貸切バス利用)
09:30〜平津戦役天津前線指揮部旧址(市保)、
安氏祠堂(市保)、董家大院、関帝廟、安家大院、石家大院(国保)
12:00楊柳青民俗文化街で昼食
13:30京杭大運河西青段(世界遺産、国保)
14:30武清区・十四仓遗址(世界遺産、国保)
17:00高碑店 平津上闸(世界遺産、国保)
18:00懇親会

今月は、「第47回北京あんてぃーく倶楽部活動予告(房山張坊鎮巡り)」を予定していましたが、都合により延期となりましたので、代わりに「天津郊外ツアー・石家大院と世界遺産京杭大運河」を開催しました。当日は良い天気で絶好のあんてぃーく日より。14名が参加しました。いつも通り終日貸切バス利用で北京市内から天津市郊外の楊柳青民俗文化街を目指します。
画像


順調に走行して0915まずは平津市保「平津戦役天津前線指揮部旧址」に到着。
1948年に人民解放軍が国民党軍と戦った際の人民解放軍側の前線基地だったそうです。
爆弾や車輛、当時の基地内の様子などが再現されています。
画像


入口の看板のところで記念の集合写真を撮って「普亮宝塔(区保)」に向かいます。
画像


途中で早速、「京杭大運河 (国保)」プレート発見。バスを降りて付近を散策。この付近は杭州から北京に続く京杭大運河があった場所、今回のオフ会の大きなテーマでもあります。今は綺麗に護岸工事された運河がゆっくり流れていました。
画像

画像


続いて「普亮宝塔(区保)」へ。京杭大運河の近く、道路に面して綺麗に補修された「普亮宝塔」が建っています。清代嘉慶十一年(1803年)の創建。
画像


京杭大運河の対岸には文昌閣も見えます。
画像


そしていよいよ「石家大院(国保)」へ。と思ったら「石家大院」の目の前にも「京杭大運河」が。折角なのでまずはこちらを見学。立派な橋の横には「京杭大運河 (国保)」プレート。
画像

画像

画像


そしてついに発見、「京杭大運河西青段(世界遺産」プレートです。まあプレートというか石碑ですけど。
画像


近くの広場には、こ〜んな立派な黄金の像や、縁起の良い桃のオブジェもあります。
画像

画像


次は「安家大院(市保)」を見学。あれ?「石家大院」は?メインディッシュは後から食べるということで、まずは「石家大院」の裏手にある「安家大院」へ。
画像


「安家大院」もかなり立派なお家です。「石家大院」があまりにも有名なので、見学する人もまばら。西洋風のアンティークが所狭しと飾られ、地下金庫などもあります。清代同治年間の建築で、もともとは石家大院同様に石家・石万程の4番目の子供・石元士の邸宅だったようです。
画像

画像

画像

画像


後編に続く〜

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


2017年国慶節も北京を楽しもう!おすすめスポット10選

2017/10/02 09:39
北京あんてぃーく倶楽部のおすすめする10選です。
国慶節の人混みを避け、北京を楽しめるスポットをセレクト。

1、広化寺
画像


2、元大都遺跡・薊門煙樹段
画像


3、慈寿寺塔
画像


4、北堂(西什庫教堂)
画像


5、文天祥祠
画像


6、清華大学早期建築
画像


7、北海公園
画像


8、牛街礼拝寺
画像


9、妙応寺白塔
画像


10、北京石刻博物館(真覚寺金剛宝座塔・五塔寺)
画像



是非是非、行ってみてください!

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


第47回北京あんてぃーく倶楽部活動予告(金陵巡り)

2017/09/29 15:31
10月度の北京あんてぃーく倶楽部活動予告になります。

今月は、房山区にある金の歴代皇帝が寝むる金陵を軸に回りたいと思います。



■日程
10月22日(日)

■スケジュール
0730 建外SOHO A座ロビー集合
0900 連泉寺遺址
1100 十字寺遺址
1200 金陵
1330 昼食(北平食府)
1500 解散



最初の連泉寺は、山登りになります。そのような服装で参加してください。

昼食は遅めになりますが、北京市内に戻ってきてからを予定しています。
軽食は各自ご準備願います。


バスの予約がありますので、10月16日(月)までに参加申し込みしてください。

初参加の方は、qianye74@hotmail.com(千葉)までご連絡ください。

千葉
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


[9月オフ会のご案内] 天津郊外ツアー

2017/09/01 11:43
9月24日のPAC開催は、諸事情により取消となりました。


すでに一部の方の参加表明もありますので、場所を変更して、オフ会を実施したいと思います。
お時間有る方、どうぞご参加ください。

天津郊外ツアーということで以下を予定しております。


9月24日(日)オフ会 天津郊外ツアー

*普亮宝塔 区保
https://baike.baidu.com/item/%E6%99%AE%E4%BA%AE%E5%AE%9D%E5%A1%94/17646029?fr=aladdin

*石家大院(楊柳青博物館) 国保
https://baike.baidu.com/item/%E7%9F%B3%E5%AE%B6%E5%A4%A7%E9%99%A2/155252?fr=aladdin

*京杭大運河天津段 (世遺、国保)の西青区付近
http://blog.sina.com.cn/s/blog_792f44b50100wtie.html

*その他、行けそうなところ
集合時間、場所などはメンバー次第で調整しますが一日ツアーとお考えください。
参加可能な方は、今後は微信のほうで進めますので、そちらに御連絡ください。



※バスの手配がありますので、締め切りを、9月18日(月)とさせていただきます。

※初参加の方は、shiino@bjnt.com(椎野)までご連絡ください。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


第46回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(妙峰山巡り)

2017/08/31 13:20
8月度の北京あんてぃーく倶楽部活動報告になります。


■日程
8月26日(土)

■スケジュール
0730 ケンピンスキーホテルロビー集合
0900 妙峰山
0930 碧霞元君廟
1130 仰山栖隠寺、庄士敦別荘、観音堂 
1300 昼食(烤肉宛北新橋店)

今月は、東の平谷・碧霞元君廟に対比される、西の門頭溝妙峰山の碧霞元君廟に行ってきました。清代を通じて信仰を集めたのは東の廟。清末各国列強の北京進出以降、東に行くのを恐れた西太后が西の妙峰山を重視して参拝し始めたのが盛況の始まりと言われています。

門頭溝に行くたびにその麓を通ることになる妙峰山。まさに門頭溝の玄関と言える山です。今回は素通りせずにその山道コースに入っていきます。メジャーな観光地と思っていたのですが、意外と情報が少なく、ロープウェイなどもなく、登るには車をチャーターしてくるのがベストです。

長い山道をくねくねと登っていくと、多くのサイクリング愛好家とすれ違います。なだらかな山道がサイクリングに適しているのか、次々とその姿が現れては消えていきます。車を運転する方からするとかなり危ない存在です。
画像

山道を登ること30分、ようやくその頂上に駐車場が現れてきます。碧霞元君廟、別名を娘娘廟。著名な勅建恵済祠は、遼金時期の創建と言われています。霊感宮、回香閣、玉皇頂の三つの廟が山の傾斜に合わせて建てられています。
画像

入場料は40元。なかなかの価格です。門をくぐると、毎年農暦の4月1日〜15日まで開催される廟会のパネルがあります。この廟会、なんと明の崇禎年間から始まったと言われていますので、400年ほどの歴史があります。
画像

画像

南から北に向かうのが基本ですから、まずは勅建恵済祠に向かいます。山頂にある廟ですから、当然のように辺りの景色は絶景です。その青空をバックに、美しいラマ様式の白塔が見えてきます。
画像

画像

この娘娘廟は、その祀られている神様からいえば道教の神様なのですが、仏教も儒教も取り入れて雑多な民間信仰の場所であるようで、ここにラマ様式の塔があっても何らおかしくはないのです。
画像

残念なことには、文革の際の仕業と思われますが、塔身に彫られた仏像レリーフの顔が破壊されていました。何もこんな山頂まできて破壊することはないのにと思ってしまいます。
画像

画像

勅建恵済祠に入って見ます。廟自体はすでに重建して真新しい感じです。恵済というのは「人に施す」という意味で、よく寺の名前に使われます。また、「勅建」とは皇帝の命によって建てられたことを意味します。
画像

画像

この廟は、またの名を「霊感宮」と呼ばれていて、メインの神様は碧霞元君です。つまり、ここが娘娘廟なんですね。紛らわしいです。
画像

画像

画像

次いで、南から進むと中央に位置する回香閣に行きます。
画像

画像

ここは、お金持ちになることを叶えてくれる神様がオールキャストで勢揃いしたエリアで、どおりで中国の人がこの廟を大事にしてるわけだと納得しました(笑)。
画像

画像

画像

最後にその裏手に回って長い長い階段を登ります。海抜1200mに当たるこの場所にあるのが、玉皇頂です。
画像

画像

こちらは東岳大帝を祀る玉皇殿、それに三官殿、真武殿と道教の典型的な三殿が並んでいます。
画像

画像

画像

画像

しかし、見事に新築感漂う廟ですね。
画像

あまり400年の歴史を建物からは感じませんでしたが、こんな山頂でも多くの民衆の信仰を集めているところに霊験あらたかな雰囲気を感じました。
画像

今回のメインをコンプリートして、あとはおまけと思っていたのですが、文物を見つけたら行かざるを得ないのが北京あんてぃーく倶楽部。行きの際に目をつけておいた潤溝村観音堂も漏らさずチェック。
画像

画像

画像

画像

「北京で一番美しい村」の看板が出ておりましたが、中国の広告法から言うと完全にアウト。まあ、他所にも同じ看板たくさん出てますけどね。

碧霞元君廟とは、真逆の山にある仰山栖隠寺を目指しますが、こちらは大雨の影響でしょうか。登っていく道ががけ崩れのように崩れて、たまたまいた村人から「そこから先は行くな」と止められてしまいました。目の前に見えてるのに。。。
画像

すかさず気落ちを切り替えて、庄士敦別荘を探します。ジョンストン別荘、ラストエンペラー溥儀の英語の家庭教師をしていたイギリス人ジョンストンの別荘です。村人にヒヤリングして場所を確認。その場所に行って見ると、工事中のようで工事現場で働いている人たちがお昼をとっていました。
画像

画像

画像

まさかと思いましたが、その新築のようにリフォームされた建物こそが、ジョンストン別荘でした。あちこちで見慣れてるとはいえ、あまりに昔の写真とかけ離れた様になっていて、文物保存の難しさを感じざるを得ません。
画像

画像

画像

市内に帰ってから、烤肉宛飯荘にて美味しくビールと北京料理で盛り上がりました。
画像

画像
記事へナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 1


続きを見る

トップへ

月別リンク

北京あんてぃーく倶楽部/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる