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北京あんてぃーく倶楽部
ブログ紹介
おいしい食事とワインを楽しみながら、歴史ロマンを語れる文化サロン。月1回、博物館や骨董店めぐり、北京近郊日帰りツアーなど企画しています。

【倶楽部設立の経緯】
2013年6月、骨董収集歴20年の骨董オタクと中国古代歴史(宋朝以前が得意)オタクの2人がワインでいい気分になり、北京の歴史や文化とりわけ骨董(古美術)をもっと堪能するために、酔った勢いで設立

【倶楽部の活動方針】
活動回数は基本的に毎月1回
活動基本方針は下記の通り
A)北京のアンティークショップめぐり
B)北京郊外を含め、観光ガイドブックにはあまり記載されていないが、1人で見学するにはちょっと面倒くさいディープな史跡めぐり
C)博物館めぐり および有名な史跡を利用したレストランでの昼食
この3カ所を交互に見学する

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第47回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(金陵巡り)

2017/10/29 20:43
10月度の北京あんてぃーく倶楽部活動報告になります。


■日程
10月22日(日)

■スケジュール
0730 建外SOHO A座ロビー集合
0900 連泉寺遺址
1100 十字寺遺址
1200 金陵
1330 昼食(北平食府)
1500 解散

今月は、房山区にある金の歴代皇帝が寝むる金陵とその山を挟んで反対側にあるという蓮泉寺を目指しました。8月以来の開催となる本隊の活動ですが、山登りと前触れをしたせいか参加者は12名とやや少なめ。機動力とバスのサイズを考えるとちょうど良い人数ですが。
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6月以来、久しぶりの南路線で房山地区を目指します。安定の1時間半です。最初に目指したのは蓮泉寺。事前にネットで情報収集をして、山登りに詳しい会員にも情報共有していたのですが、バスのたどり着いた場所はなかなかハードな場所で、車を降りるとすぐに山登りがスタート。
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大体登り20分くらいで目的地に到着する予定で、いざ登り始めるとなんとなく前途に不安がよぎります。15分ほど登ると指示版があり、コースに間違いがなかったことがわかって俄然元気が出ます。
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ちょうど紅葉の季節ということで、心理的にも自然を愛でる余裕も伺えたのはここまで。
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さらに15分登るも、どう考えても目的地はまだまだ遠い感じ。そもそも目指す蓮泉寺は、遼代創建の禅寺で、明代までは存在したのですが、最後に生臭な坊主が出て取り壊されてしまい、現在はその残骸とも言える石碑などが野っ原に散在しているという場所。
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この「野っ原」に行き着くイメージが全く湧かぬまま、なかなかに急勾配な山道をさらに15分登ってみます。皆の心の声が聞こえて来ます。「騙された」と(笑)。
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これ以上の山登りは難しいと、サクッと諦めて下山。「登りは精神力、下りは筋力」という名言が身にしみます。足がすでにカクカク。45分のトライアルでは探し出せませんでしたが、次回どなたか90分くらいのトライアルをしてほしいなと。
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金陵に向かう途中、ルート上懐かしの白水寺公園を通過したので、ついでに道沿いにある鳳凰亭によってみました。
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清雍正年間に作られたこの亭は、中の石碑も見事ですが、それを囲っている四角形石造りの亭に施されたレリーフが素晴らしいです。
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新しくトレッキングコースとして整備されている金陵に来るのは2度目だったため、入場券売り場で交渉して車のまま金陵横付けオーケーの許可をもらいます。もし駐車場で下りて素直に歩くと、それだけで徒歩20分かかります。
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神道の入り口にあるプレートからスタートして、陵墓の方に進んでいくと、清代に作られた陵墓前の階段部分が見えてきます。こちらは故宮などと同様に、皇帝が通る中央線に見事なレリーフがあります。
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それにしても、前回と変わらず雑草だらけの荒地で、今回は管理人のおっさんも昼時だったためか不在で、墓の発掘現場も中に入ることができませんでした。
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本当は周辺にいろいろ陵墓関係の遺跡があるはずなのですが、ぐるっと一周してみましたがそれらしいものは見当たらず、結局またさらに不毛に歩いただけで撤収となりました。
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十字寺遺址に行く選択肢もあったのですが、時間も時間で、心身共に疲弊してしまったので、素直に諦めて北京市内に戻りました。
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昼食は、北京料理の王道「北平食府」にて、北京料理の数々を堪能してエネルギーを回復。
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まあこんな回があるのも北京あんてぃーく倶楽部らしいということで(笑)。
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11月オフ会開催のご案内

2017/10/26 16:22
PAC会員 各位

11月のオフ会のご案内です。
今のところ、以下3コースで計画中です。
参加出来る方でコースを決定します。

実施日 11/19(日) PACオフ会

コース@ 天津市内近代建築をオシャレに散策ツアー(多分高鉄利用) 参加人数最高12名程度まで。

コースA 宣化市内 遼代壁画、宣化古城ツアー(貸切バス利用) 参加人数 最低12名より

コースB 宣化郊外 柏林寺、石佛寺石窟ツアー(貸切バス利用) 参加人数 最低12名より

原則参加人数が少なければ天津、多ければ宣化方面で考えています。
バス代はお一人様200元を超えない程度で計画しています。

詳細
@天津
800 北京南-天津駅
金融街、フランス租界、日本租界、イタリア租界、鼓楼エリア、古文化街
1700 天津駅〜北京南
1800 反省会

A宣化市内
0700 北京燕莎中心凱賓斯基飯店 集合
0930宣化遼代壁画墓群(国保)
http://blog.sina.com.cn/s/blog_612f7ed3010147aj.html
1015 宣化古城
https://baike.baidu.com/item/%E5%AE%A3%E5%8C%96%E5%8F%A4%E5%9F%8E/3408431?fr=aladdin
1115 宣化博物館/察哈尔民主政府旧址(省保)/天主教堂
http://blog.sina.com.cn/s/blog_575233dd0101hdcj.html
1200 昼食
1300 宣化五龍壁(省保)
http://blog.sina.com.cn/s/blog_a2ec9f6d0101cucl.html
清远楼(省保)
镇朔楼(省保)
时恩寺大殿(省保)
1500 宣化出発
1830 反省会

B宣化郊外
0700 ケンピンスキー集合
1000 宣化柏林寺(国保)、石佛寺石窟
http://blog.sina.com.cn/s/blog_72483acb0102vf4v.html
http://bbs.fengniao.com/forum/3163746.html
1200 昼食
1300 涿鹿观音寺(省保)
http://blog.sina.com.cn/s/blog_72483acb0102vfoe.html
涿鹿鼓楼(文昌阁)(省保)
http://blog.sina.com.cn/s/blog_72483acb0102vfn9.html
1430 出発
1800 反省会

参加出来る方は、希望コースを添えて、椎野までご連絡下さい。
メールアドレス:shiino@bjnt.com

初参加の方は、メールアドレスまでご一報ください。

応募締切 11月10日(金)

皆様のご参加をお待ちしております。
椎野
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青花草堂セミナー 第1回

2017/10/25 00:21
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中国磁器の基礎知識 「中国人の美意識と日本人の美意識 その1」

2017/10/17 00:04
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このテーマについて、中国磁器に魅入られ、中国磁器を知り、中国磁器を研究し、中国磁器を所蔵する日本人として、マーケテイングの視点で考察してゆきたいと思います。


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よく言われていることですが、「中国人は磁器を好み、日本人は陶器を好む」と。
そのそれぞれの特徴は、磁器の材質は、ガラス質で、薄く、光輝き、左右対称のものが多く脆さを感じさせます。一方陶器の材質は土で、厚く、光を発せず、左右対称ではなく、自然感が強いものが多いのが特徴です。

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中国でも陶器は製造しており、秦の始皇帝の兵馬俑、唐三彩が有名です。中国の磁器は景徳鎮が今も昔も有名ですが、景徳鎮は現在 磁器の街として、中国名瓷都1000年として、磁器の観光地として、世界中のバイヤーの注目の的になっています。

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有田焼(古伊万里)が400年、景徳鎮が1000年、この年月の差だけでも中国人の磁器に対する思いや美意識の強さに圧倒的な差を感じてしまいます。

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また作り手の意識もどうも違うようです。先日NHKの美術関連の番組で、茶道の茶碗の作り手の銘家である楽茶碗の黒楽茶碗を紹介していましたが、その何代も続く銘家は一子相伝であると紹介していました。またその茶碗を評して、ほめ言葉として石のように黒く硬くみえると絶賛されていたのが印象的でした。中国の磁器には、近代現代では別ですが、作家の銘は入りません。磁器は個人作品でなく、窯のワークショップが作業分担して製造するメーカー物だからです。また中国の磁器に石のように綺麗という表現の褒め言葉は聞いたことはありません。中国の磁器に対する褒め言葉は「玉のように光る」なのです。

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日本の室町時代では、中国の磁器がもてはやされ、いわゆる天目茶碗や青磁が大人気で、お殿様や大商人たちが好んで取り寄せ、今でも日本の国宝として評価されているものがあります。その天目茶碗に黒釉の茶碗があり、曜変、油滴、兎毛などデザインが一切施されていないものがあります。この黒釉茶碗と楽茶碗の黒楽茶碗はまったく違います。これが中国人と日本人の美意識の違いのひも解くヒントになるのではないしょうか?

Written by:青花草堂主人 田中保成
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 8 / トラックバック 0 / コメント 1


後編:9月度の北京あんてぃーく倶楽部活動(天津郊外ツアー・石家大院と世界遺産京杭大運河)

2017/10/15 01:05
いよいよ「石家大院(国保)」です。国保とは国家級文物保護単位のこと。ちなみに「市保」は市級文物保護単位、「区保」は区級文物保護単位のことです。「石家大院」は清末天津八大富豪の1つ、石元士の住宅で1875年に建築されました。立派な門構えです。
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中に入るとまずは縁起の良い大きな白菜の彫刻、かなりデカい!
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邸内には演劇場もあり京劇をやっていました。
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新婚さんいらっしゃ〜いのコーナーもあります。
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瓦など装飾の彫刻もすごいです。
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「石家大院」見学の後は近くのローカルレストランで昼食をとり、付近の楊柳青民俗文化街を散策。関帝廟〜大清税局〜金鼎堂〜董家大院(市保)〜聚金堂〜安氏祠堂(市保)/楊柳青年画館とまわります。
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董家大院は残念ながら開放しておりませんでした。
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「安氏祠堂(市保)」は1720年の建築、現在は楊柳青年画館となっています。年画とは正月に飾られる伝統絵画で楊柳青は中国四大年画の一つとして明代から名声を博してきたそうです。今日も職人さんが色付をしていました。
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さて楊柳青見学はここまでで、バスに乗り北京方面に戻ります。途中、天津武清区の「十四仓遗址(国保)」に立ち寄り。ここはかつて運河が寛く広がっていた場所で、水辺に倉庫が立ち並んでいたそうです。今は村の名前にだけ痕跡を残すのみです。村の入り口には立派な国保プレートが建てられていました。
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本日最後、次に立ち寄ったのが河北省香河県の「紅廟村金門闸」。途中の道からバスが入れずに約1キロを歩きで向かいます。通りがかった三輪車に乗せてもらった強者もおりました。ここも運河遺祉ですが単位の中にあり、門が閉まっていて中に入れませんでした。(以前、訪問した際はたまたま中に入れ見学することが出来ました)。中には国保プレートが建てられ、石組の巨大な遺構が残っています。
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参加者の一人が自撮り棒で撮った中の様子。
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夕方1830、全員無事に北京市内に戻り、居酒屋でアサヒスーパードライで乾杯!
充実した素晴らしいオフ会となりました。
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前編:9月度の北京あんてぃーく倶楽部活動(天津郊外ツアー・石家大院と世界遺産京杭大運河)

2017/10/14 23:02
9月度の北京あんてぃーく倶楽部オフ会活動(天津郊外ツアー・石家大院と世界遺産京杭大運河)の報告です。

■日程
9月24日(日)

■スケジュール
07:00-7:30北京出発(終日貸切バス利用)
09:30〜平津戦役天津前線指揮部旧址(市保)、
安氏祠堂(市保)、董家大院、関帝廟、安家大院、石家大院(国保)
12:00楊柳青民俗文化街で昼食
13:30京杭大運河西青段(世界遺産、国保)
14:30武清区・十四仓遗址(世界遺産、国保)
17:00高碑店 平津上闸(世界遺産、国保)
18:00懇親会

今月は、「第47回北京あんてぃーく倶楽部活動予告(房山張坊鎮巡り)」を予定していましたが、都合により延期となりましたので、代わりに「天津郊外ツアー・石家大院と世界遺産京杭大運河」を開催しました。当日は良い天気で絶好のあんてぃーく日より。14名が参加しました。いつも通り終日貸切バス利用で北京市内から天津市郊外の楊柳青民俗文化街を目指します。
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順調に走行して0915まずは平津市保「平津戦役天津前線指揮部旧址」に到着。
1948年に人民解放軍が国民党軍と戦った際の人民解放軍側の前線基地だったそうです。
爆弾や車輛、当時の基地内の様子などが再現されています。
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入口の看板のところで記念の集合写真を撮って「普亮宝塔(区保)」に向かいます。
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途中で早速、「京杭大運河 (国保)」プレート発見。バスを降りて付近を散策。この付近は杭州から北京に続く京杭大運河があった場所、今回のオフ会の大きなテーマでもあります。今は綺麗に護岸工事された運河がゆっくり流れていました。
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続いて「普亮宝塔(区保)」へ。京杭大運河の近く、道路に面して綺麗に補修された「普亮宝塔」が建っています。清代嘉慶十一年(1803年)の創建。
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京杭大運河の対岸には文昌閣も見えます。
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そしていよいよ「石家大院(国保)」へ。と思ったら「石家大院」の目の前にも「京杭大運河」が。折角なのでまずはこちらを見学。立派な橋の横には「京杭大運河 (国保)」プレート。
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そしてついに発見、「京杭大運河西青段(世界遺産」プレートです。まあプレートというか石碑ですけど。
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近くの広場には、こ〜んな立派な黄金の像や、縁起の良い桃のオブジェもあります。
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次は「安家大院(市保)」を見学。あれ?「石家大院」は?メインディッシュは後から食べるということで、まずは「石家大院」の裏手にある「安家大院」へ。
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「安家大院」もかなり立派なお家です。「石家大院」があまりにも有名なので、見学する人もまばら。西洋風のアンティークが所狭しと飾られ、地下金庫などもあります。清代同治年間の建築で、もともとは石家大院同様に石家・石万程の4番目の子供・石元士の邸宅だったようです。
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後編に続く〜

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2017年国慶節も北京を楽しもう!おすすめスポット10選

2017/10/02 09:39
北京あんてぃーく倶楽部のおすすめする10選です。
国慶節の人混みを避け、北京を楽しめるスポットをセレクト。

1、広化寺
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2、元大都遺跡・薊門煙樹段
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3、慈寿寺塔
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4、北堂(西什庫教堂)
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5、文天祥祠
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6、清華大学早期建築
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7、北海公園
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8、牛街礼拝寺
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9、妙応寺白塔
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10、北京石刻博物館(真覚寺金剛宝座塔・五塔寺)
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是非是非、行ってみてください!

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第47回北京あんてぃーく倶楽部活動予告(金陵巡り)

2017/09/29 15:31
10月度の北京あんてぃーく倶楽部活動予告になります。

今月は、房山区にある金の歴代皇帝が寝むる金陵を軸に回りたいと思います。



■日程
10月22日(日)

■スケジュール
0730 建外SOHO A座ロビー集合
0900 連泉寺遺址
1100 十字寺遺址
1200 金陵
1330 昼食(北平食府)
1500 解散



最初の連泉寺は、山登りになります。そのような服装で参加してください。

昼食は遅めになりますが、北京市内に戻ってきてからを予定しています。
軽食は各自ご準備願います。


バスの予約がありますので、10月16日(月)までに参加申し込みしてください。

初参加の方は、qianye74@hotmail.com(千葉)までご連絡ください。

千葉
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[9月オフ会のご案内] 天津郊外ツアー

2017/09/01 11:43
9月24日のPAC開催は、諸事情により取消となりました。


すでに一部の方の参加表明もありますので、場所を変更して、オフ会を実施したいと思います。
お時間有る方、どうぞご参加ください。

天津郊外ツアーということで以下を予定しております。


9月24日(日)オフ会 天津郊外ツアー

*普亮宝塔 区保
https://baike.baidu.com/item/%E6%99%AE%E4%BA%AE%E5%AE%9D%E5%A1%94/17646029?fr=aladdin

*石家大院(楊柳青博物館) 国保
https://baike.baidu.com/item/%E7%9F%B3%E5%AE%B6%E5%A4%A7%E9%99%A2/155252?fr=aladdin

*京杭大運河天津段 (世遺、国保)の西青区付近
http://blog.sina.com.cn/s/blog_792f44b50100wtie.html

*その他、行けそうなところ
集合時間、場所などはメンバー次第で調整しますが一日ツアーとお考えください。
参加可能な方は、今後は微信のほうで進めますので、そちらに御連絡ください。



※バスの手配がありますので、締め切りを、9月18日(月)とさせていただきます。

※初参加の方は、shiino@bjnt.com(椎野)までご連絡ください。
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第46回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(妙峰山巡り)

2017/08/31 13:20
8月度の北京あんてぃーく倶楽部活動報告になります。


■日程
8月26日(土)

■スケジュール
0730 ケンピンスキーホテルロビー集合
0900 妙峰山
0930 碧霞元君廟
1130 仰山栖隠寺、庄士敦別荘、観音堂 
1300 昼食(烤肉宛北新橋店)

今月は、東の平谷・碧霞元君廟に対比される、西の門頭溝妙峰山の碧霞元君廟に行ってきました。清代を通じて信仰を集めたのは東の廟。清末各国列強の北京進出以降、東に行くのを恐れた西太后が西の妙峰山を重視して参拝し始めたのが盛況の始まりと言われています。

門頭溝に行くたびにその麓を通ることになる妙峰山。まさに門頭溝の玄関と言える山です。今回は素通りせずにその山道コースに入っていきます。メジャーな観光地と思っていたのですが、意外と情報が少なく、ロープウェイなどもなく、登るには車をチャーターしてくるのがベストです。

長い山道をくねくねと登っていくと、多くのサイクリング愛好家とすれ違います。なだらかな山道がサイクリングに適しているのか、次々とその姿が現れては消えていきます。車を運転する方からするとかなり危ない存在です。
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山道を登ること30分、ようやくその頂上に駐車場が現れてきます。碧霞元君廟、別名を娘娘廟。著名な勅建恵済祠は、遼金時期の創建と言われています。霊感宮、回香閣、玉皇頂の三つの廟が山の傾斜に合わせて建てられています。
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入場料は40元。なかなかの価格です。門をくぐると、毎年農暦の4月1日〜15日まで開催される廟会のパネルがあります。この廟会、なんと明の崇禎年間から始まったと言われていますので、400年ほどの歴史があります。
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南から北に向かうのが基本ですから、まずは勅建恵済祠に向かいます。山頂にある廟ですから、当然のように辺りの景色は絶景です。その青空をバックに、美しいラマ様式の白塔が見えてきます。
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この娘娘廟は、その祀られている神様からいえば道教の神様なのですが、仏教も儒教も取り入れて雑多な民間信仰の場所であるようで、ここにラマ様式の塔があっても何らおかしくはないのです。
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残念なことには、文革の際の仕業と思われますが、塔身に彫られた仏像レリーフの顔が破壊されていました。何もこんな山頂まできて破壊することはないのにと思ってしまいます。
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勅建恵済祠に入って見ます。廟自体はすでに重建して真新しい感じです。恵済というのは「人に施す」という意味で、よく寺の名前に使われます。また、「勅建」とは皇帝の命によって建てられたことを意味します。
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この廟は、またの名を「霊感宮」と呼ばれていて、メインの神様は碧霞元君です。つまり、ここが娘娘廟なんですね。紛らわしいです。
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次いで、南から進むと中央に位置する回香閣に行きます。
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ここは、お金持ちになることを叶えてくれる神様がオールキャストで勢揃いしたエリアで、どおりで中国の人がこの廟を大事にしてるわけだと納得しました(笑)。
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最後にその裏手に回って長い長い階段を登ります。海抜1200mに当たるこの場所にあるのが、玉皇頂です。
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こちらは東岳大帝を祀る玉皇殿、それに三官殿、真武殿と道教の典型的な三殿が並んでいます。
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しかし、見事に新築感漂う廟ですね。
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あまり400年の歴史を建物からは感じませんでしたが、こんな山頂でも多くの民衆の信仰を集めているところに霊験あらたかな雰囲気を感じました。
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今回のメインをコンプリートして、あとはおまけと思っていたのですが、文物を見つけたら行かざるを得ないのが北京あんてぃーく倶楽部。行きの際に目をつけておいた潤溝村観音堂も漏らさずチェック。
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「北京で一番美しい村」の看板が出ておりましたが、中国の広告法から言うと完全にアウト。まあ、他所にも同じ看板たくさん出てますけどね。

碧霞元君廟とは、真逆の山にある仰山栖隠寺を目指しますが、こちらは大雨の影響でしょうか。登っていく道ががけ崩れのように崩れて、たまたまいた村人から「そこから先は行くな」と止められてしまいました。目の前に見えてるのに。。。
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すかさず気落ちを切り替えて、庄士敦別荘を探します。ジョンストン別荘、ラストエンペラー溥儀の英語の家庭教師をしていたイギリス人ジョンストンの別荘です。村人にヒヤリングして場所を確認。その場所に行って見ると、工事中のようで工事現場で働いている人たちがお昼をとっていました。
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まさかと思いましたが、その新築のようにリフォームされた建物こそが、ジョンストン別荘でした。あちこちで見慣れてるとはいえ、あまりに昔の写真とかけ離れた様になっていて、文物保存の難しさを感じざるを得ません。
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市内に帰ってから、烤肉宛飯荘にて美味しくビールと北京料理で盛り上がりました。
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第46回北京あんてぃーく倶楽部活動予告(妙峰山巡り)

2017/08/01 18:39
8月度の北京あんてぃーく倶楽部活動予告になります。

東の平谷・碧霞元君庙に対比される、西の門頭溝妙峰山の碧霞元君庙に行くツアーになります。清代を通じて信仰を集めたのは東の廟。清末各国列強の北京進出以降、東に行くのを恐れた西太后が西の妙峰山を重視して参拝したのが盛況の始まりと言われています。


■日程
8月26日(土)

■スケジュール
0730 ケンピンスキーホテルロビー集合
0900 妙峰山(ロープウェー)
0930 碧霞元君庙
1130 下山しながら、見どころチェック 
1300 昼食(烤肉宛北新橋店)


一応ロープウェーはあると書かれていますが、ひょっとすると山登りになるかもしれません。下山時に、仰山栖隠寺、大雲寺遺址、庄士敦別荘など見れればと思っています。

今回は、都合により「土曜日」の開催となっております。


8月23日(水)までに、参加申し込みいただければと思います。

初参加の方は、qianye74@hotmail.com(千葉)までご連絡ください。
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第45回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(海淀区北部巡り)

2017/07/10 15:41
7月度の北京あんてぃーく倶楽部活動報告になります。

この季節にならないとオープンしない醇親王墓(七王坟)をメインに、海淀区の北部を巡ります。

■日程
7月9日(日)

■スケジュール
0800 ケンピンスキーホテルロビー集合
0900 龍泉寺
1020 醇親王墓(七王坟)
1115 孚郡王墓(九王坟)
1200 昼食
1330 香岩寺(未開放)
1400 広済橋
1600 ケンピンスキーホテル着→解散


北京あんてぃーく倶楽部自体では久しぶりのコースで、14年6月以来ですからもう参加したことがある方はいないかもしれません。ということで、11名の参加で炎天下の海淀区北部を徘徊します。それにしても本当に暑い!もわーんとした暑さでバスから降りると一気に汗が出てきます。
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鳳凰嶺公園の中にある龍泉寺は、遼の応歴元年(951年)創建、明代に整備拡張され、その存在を証明する記載があります。数年前に来た時とは、周りの様相が一変していて、なにやら意味不明な立派な建物が龍泉寺前に立ち並んでいます。
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残念なことに、山門部分を始め、本堂なども修繕中で中を見ることはできませんでした。入り口入ってすぐの見所は、金龍橋です。龍泉寺開山の祖であり継昇和尚がなくなって3年目に作られたと言われています。その下には山から流れ出てくる清らかな川が流れていて、この風景を見るだけでも癒されます。
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本堂が見れないため、裏手に回ってその初代住持継昇和尚の墓塔を見にいきます。他の参拝者も本堂に参拝できないためか、ひたすらこの墓塔の周りを手を合わせてくるくる回っています。写真撮りたい我々にとってはかなり邪魔です(笑)。
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ついで、玄元洞を探します。危うく山登りさせられるかと思われるルートを山奥に突き進んでいくと、大きな岩が横たわっていて、その中がくりぬかれた場所に石仏が彫り込まれていました。
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1時間ほど見て回ったら全身汗まみれです。次の目的地である醇親王墓を目指してバスに乗り込みます。バスの中がギンギンにクーラーが効いてて生き返る思いです。

醇親王墓(七王墳)の場所は、山の中腹のような場所なため、ただひたすら坂道を山に向かって登っていくのですが、クーラー効かせてるからかバスのパワーが弱く、のろのろ運転で、こんなところでエンストされたらという危機感がよぎりましたが、なんとか無事到着。

醇親王奕譞(1840〜1891年)、清の道光帝の第七子で光緒帝の父親に当たります。元々、慈禧太后(西太后)を政治的に支えて来た重臣でしたが、自分の息子が皇帝に建てられることになった時一切の政治的な職位を辞して隠棲します。一つは、咸豊・同治の血に繋がるものから世継ぎを選ばないことで、大問題が起こることが想定されたことと、権力を握れば、必ず西太后に猜疑の目を向けられることを身を以てわかっていたがための「韜晦」でした。

自身の息子が皇帝になってしまったことから自分は権力の座から一切身を引いたわけですが、その墓地の建設費として西太后と光緒帝から銀五万両を賜っています。選ばれたその場所は、唐代の法雲寺跡、金章宗時代の「西山八院」の一つ香山院の跡地だった場所です。同治七年(1868年)に着工して、完成したのが光緒二十六年(1900年)でした。
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現在は、最初の急角度の石段からガタガタで、足元を気をつけながら上っていきます。中央ラインは簡単に整備されているようですが、その周辺は草も伸び放題。
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階段を登りきると、最初に墓碑亭が現れます。柵があり近寄ることはできません。
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その後ろに回り込むと正面に山門、東側の配殿が残っています。山門もクローズしているので、やはり横から回り込まなくてはなりません。
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そこからさらに小門をくぐると、正面に醇親王の墓、左右にその妃の墓が見えて来ます。
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周囲は回音壁のような円形の壁で囲まれています。
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他にも中国人の見学者が来ていて、外国人が珍しいのか随分と写真を撮られました(笑)。
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ついで、同じく道光帝の第九子である孚郡王の墓に向かいます。
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こちらはメインの墓陵には入ることができません。全体としても放置された感じで、荒れ果てています。
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最南端に立派な石橋が残っており、そこから中軸に墓碑亭があり、東西の配殿が残っています。
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早く予算をつけて整備して墓陵を開放してほしいものです。
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予定通りにスケジュールを消化し、昼食タイム。海淀区北部はこのレストランの選定で毎回苦労しますが、今回はかなりレベルの高いレストランで、それまでにかいた汗の分以上のエネルギー摂取ができました。

午後からの後半戦は、香岩寺からスタート。元々未開放だと思っていて、しかも何かの研究所のような場所の中にあるため見れない可能性が高かったのですが、なんとその敷地内までバスですんなり入ることができました。ラッキー!
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しかし、バスを降りた時の日差しの強さと35度を超える気温に、飲んだくれた体が悲鳴をあげます。そこに鞭打って香岩寺まで100mほど歩きます。
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香岩寺。明代の創建。元々は弥勒院と呼ばれてましたが、清の康熙五十九年(1720年)に重建した際に、香岩寺と改名。
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山門、天王殿、鐘楼、鼓楼、東西配殿、大殿と清代の典型的な寺院の規格を持っていますが、全体的にはつい最近修繕したようなピカピカの寺院になっていました。サクッと見て撤収します。

さすがに飲みすぎたか、市内に戻って渋滞に捕まったのとクーラーの効いたバス内が快適だったため眠気が襲って来ます。しばらく気を失っていたら、最終目的地の広済橋に到着。
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広済橋。明の永楽十四年(1416年)の創建。明代、歴代皇帝が墓陵(現十三陵)へ参拝する際には必ずこの橋を通ったようです。元々は清河にかかる橋だったため、世間では清河大橋と呼ばれていました。「元々は」というのは、1984年にこの橋自体が現在の場所に移管されたのです。
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現在の広済橋は、三孔石券橋で、長さ48.04m、幅12.46m。橋の現在の役割は駐車場です。もう何年も前からこの状況です。見るからに残念ですが、しょうがないのでしょうね。プレートも「広済月波」と赤字で書かれたものがあるのですが、そちらも字が消えかかっていました。
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今後、これらの文物やプレートもどのように保管されていくのかわかりませんが、私たちにできることは実際にこうして見て、今の様子を記録に残すことしかないような気がします。

16時ぴったりに出発場所に到着。ついさっきまで食事してましたが、再び反省会で飲んだくれ。今回は、日本に本帰国したメンバーが北京に身辺整理に来たついでに参加してくれたので、他のメンバーも合流。結局昼間より人数増えてますやん(笑)。楽しい1日でした。
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第45回北京あんてぃーく倶楽部活動予告(海淀区北部巡り)

2017/06/29 22:49
7月度の北京あんてぃーく倶楽部活動報告になります。


この季節にならないとオープンしない七王坟をメインに、海淀区の北部を巡ります。


■日程
7月9日(日)

■スケジュール
0800 ケンピンスキーホテルロビー集合
0900 龍泉寺
1020 醇親王墓(七王坟)
1115 孚郡王墓(九王坟)
1200 昼食
1330 香岩寺(未開放)
1400 広済橋
1600 ケンピンスキーホテル着→解散


久しぶりのコースで、14年6月以来ですからもう参加したことがある方は
いないかもしれません。醇親王、孚郡王共に、清の道光帝の子供で、
醇親王は光緒帝の父親でもあります。その墓園規格は、清代の王族の中でも
抜群に保存状態が良いです。

草ボーボーの場所なので、蚊が多いかもしれません。そのような格好で
ご参加いただければと思います。


締め切りは、7月6日(木)までとさせていただきます。


初参加の方は、qianye74@hotmail.com(千葉)までご連絡ください。
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第44回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(雲居寺石経山巡り)

2017/06/21 10:51
6月度の北京あんてぃーく倶楽部活動報告になります。


■日程
6月18日(日)

■スケジュール
0730 建外SOHO A座ロビー集合
0900 石経山(雷音洞)
1115 雲居寺
1330 北京市内着→食事(北平食府)


今月は、およそ6年ぶりに開山した石経山に早速行ってみることにしました。既に5月に石経山を登った友人から「片道1時間の山登り」と聞いていたので、事前に会員の皆さんにはそのことを伝えておいたのですが、35度以上の高温が続くこのタイミングで16名参加がありました。

雲居寺にはここ数年毎年来ていますが、雲居寺の入り口を右折したことはなく、まさにその場所に警察の検問所がありました。随分と厳重な感じです。少しドキドキしてしまいましたが、無事に検問を通過。石経山の入り口はそこから車で3分の所にありますが、おそらくその奥に軍事区域でもあるのでしょう。
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ついに念願の石経山に到着。目の前にそびえるのは普通に山です(笑)。入山料は15元でした。山の麓を鉄道が走っているため、その下のトンネルを潜るように入山していきます。ええ感じです。
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「石経山」の看板をくぐったら、いよいよ山登りです。途中に色々と奇岩があり、一つ一つにその名前と由来が記されています。
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ちょうど中腹くらい、30分ほど歩いたところで休憩所のような寺院が現れます。ここまで登ってくるだけでも息が切れます。
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そこの管理人は全員のチケットを確認後、なぜか先頭を切って登り始めます。いよいよ千年古道です。こちらも途中に聖水井などの見所があります。見所=休憩場所です(笑)。
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我々も負けじと108階段など登りつめると、最初の洞窟にたどり着きました。ここは封鎖されてます。
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そこからわずかに階段を上ると左手に次の洞窟が見えて来ました。なんとそれが目的地の雷音洞。よくよくみるとわずかに先に到着した管理人が雷音洞の門を開けてくれてます。
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なかなかに疲労困憊です(笑)。しばらく息を整えながら、後続が到着するのを待ちます。雷音洞の中に入ると見事な仏像彫刻が施された4つの石柱がすぐに目に飛び込んできます。よくよく目をこらすと、両側と奥の壁に房山石経が埋め込まれていました。
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雷音洞は、隋代に作られたようで、入り口上部には唐の貞観年間の年号が書かれた文字板があります。
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貴重な文献を「石刻」という形で後世に残そうとし、戦火を避けるためにこんな山奥まで運び込んだ当時の人々の偉大なる労苦に想いを馳せざるを得ません。
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雷音洞の両サイドにも洞窟があり、中をのぞいて見ましたが、ぎっしりと石板が詰まっていてとても中に入れるような状態ではありません。振り返ってみると眼下に美しくのどかな風景が広がっています。
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雷音洞より上に登ることは禁止されています。本当は、見たい古塔が2つあるのですが、そこは次の機会ということで、逆サイドにある古井や洞窟を見て回ります。
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9つの洞窟に約4000枚の石板が保管されているとのこと。
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ひとしきり堪能したので下山。下りも踏ん張りながらの石道なので、かなり膝に負担がかかります。参加メンバーは平均年齢高めながらも結構元気です。サクサクと山道を下りきり、ついで雲居寺へ。
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本当はかなり体力を消耗していたので、個人的には雲居寺はもう行かなくても良いかなと、ふと思いましたが、さすがにここまで来て雲居寺に行かないわけには行かないかなーと(笑)。
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参観時間を1時間として、基本的には自由行動。それにしても珍しく参観客が少ない。
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私は初参加及び説明必要な方々と一緒に、中軸線からまずは北側にある雲居寺北塔を目指します。
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なんとなく昨年より塔身が赤茶けた気がしましたが、あいも変わらず美しい北塔がそびえています。遼代の創建。
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その周りを取り囲むように、房山の各地から集められた古塔、石碑が林立しています。
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唐の開元年間のものもあり、実は北塔よりも古いということはあまり知られてません。レイアウトの仕方に問題があるのかな。
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その奥には、清代の高僧の供養塔が三基並んでいます。三公塔と呼ばれています。
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次に、中軸線に戻って、清の嘉慶帝御筆の石碑とその裏の日本軍が残したと言われている弾痕を見て回ります。
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何度行ってもきちんと写真を撮るのを忘れてしまう「龍蔵」も今回はしっかり収集してきました。清代に木版として彫られた77000枚の経典の実物が数十枚程度陳列されています。50元払えば、乾隆年間の本物の木版で拓本をとってくれます。
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最後に南側にある日本軍によって破壊され最近修復が終わった南塔、雲居寺開祖静琬の墓塔、そして、房山石経をスピーディーに見て回り参観終了。
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とにかく暑い、足もだるい。汗もだくだくで喉も渇くで、さすがに夏が近づいてきたなと痛感(体感?)します。帰りのバスに乗り込んだら、北京までの高速が一部通れなくて下道を通る羽目に。結局2時間くらいかかって市内に到着。
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昼食は2時半くらいからになってしまいましたが、北平食府のハイクオリティ北京料理でエネルギーを回復。苦労はしましたが念願の石経山雷音洞を参観できて満足満足の回となりました。
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第44回北京あんてぃーく倶楽部活動予告(雲居寺石経山巡り)

2017/06/01 09:58
6月度の北京あんてぃーく倶楽部活動予告になります。

ついに6年間の閉鎖期間を終え、石経山が開山しました。
早速行って見ましょう!


■日程
6月18日(日)

■スケジュール
0730 建外SOHO A座ロビー集合
0900 石経山(雷音洞)
1115 雲居寺
1330 北京市内着→食事(北平食府)


今月は、半日コースになります。
北京市内に帰り着いてから食事となりますが、自由解散です。

片道1時間の山登りになりますので、そのような格好でお願いします。
必ず、ドリンクをご持参ください。


初参加の方は、qianye74@hotmail.com(千葉)までご連絡ください。

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第43回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(房山巡り)

2017/05/24 08:40
5月度の北京あんてぃーく倶楽部活動報告になります。

■日程
5月21日(日)

■スケジュール
0730 建外SOHO A座ロビー集合
0830 姚广孝墓塔
0900 常楽寺
1000 環秀禅寺
1130 白水寺風景区(石仏、鳳凰亭)
1230 食事(お弁当)
1400 万佛堂、孔水洞石刻及塔
1600 北京市内着→解散

先月が一泊旅行だったので、なんだか久しぶりのPACらしい活動になります。

集合は久しぶりに建外SOHO。初参加の方も数名いましたが、Mさんが二日酔いで半跏思惟像のようになっていた以外は問題なく出発。市内をすんなり抜け、あと15分で最初の目的地に到着するところで地図のナビゲーションミス発生。結局回り道で20分ほど時間ロスして姚広孝墓塔に到着。高徳地図より百度地図を私はオススメします(笑)。
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昨年2月に来たことがあり、何度か入口付近を通過したこともあるため、かなり馴染みの場所。運転手に指示出ししながらナビります。相変わらずの廃墟のような村落の中をくぐり抜けると、一際目立つ古塔が見えて来ました。
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姚広孝(1335〜1418年)、字は斯道、号を独庵老人、長州(蘇州)の人。明の永楽帝の軍師。建文帝から帝位を簒奪することを永楽帝に進言し実行に移した、いわゆる靖難の役の首謀者。その功績により、太子少保の名誉職を賜ります。
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永楽帝の感謝の気持ちが見事に表されているのがこの姚広孝墓塔です。「墓塔」というくらいですから、本人がこちらに眠っております。塔の前には、見事な永楽帝期の石碑が残っています。
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その石碑を見てから塔に近づきます。昨年よりも若干神道部分が整理されたようです。香炉まで設置されてます。塔は明代の塔の特徴を見事に残した九層密檐式です。
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塔正面の上部にプレートがあり、微かですが「太子少保」の文字が見えます。明代の質実剛健な彫刻美はいつまで見ても飽きがきません。到着までの時間ロスが悔やまれます。
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サクッとバスに乗り込み、その常楽村にある常楽寺に行きます。すると、過街楼のところでクレーン車が詰まって動かなくなってて、我々も通ることができなくなってるではないですか。またまた意味不明な時間ロス(涙)。
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結局トンネルとクレーン車の間を縫うように通過して常楽寺へ。この寺については、詳細な情報が見つからないのですが、創建はおそらく明代、推測ですが、姚広孝墓の墓守として村になったのではと思います。現在の寺自体は、特に大殿ですが、若干清代の雰囲気を残しています。
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この日はちょうど何か法要があったようで、大勢の坊さんがうろうろしていました。
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奥の過街楼を全員でチェック。昨年ここにきた時と同じポーズで記念撮影しました(笑)。
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次に、環秀禅寺に行く予定でしたが、山道に入るところで道路の補修工事のため全面通行禁止になっててアウト!
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重いって切りロスしてた時間を取り返したのは良いかったですが残念。気持ちを切り替えて白水寺に向かいます。
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白水寺森林公園というのが正式名称なので、山登りする気合を入れてきたのですが、駐車場から徒歩で15分くらいで目的の白水寺に到着。なんとも拍子抜けです。
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白水寺。別名、白水興隆寺。創建年代は不詳ですが、明の成化元年(1465年)に重修したとの歴史記載があるようです。お寺自体は、花崗岩で作られた梁のない亭閣式の作りになっています。素朴で味わいのある寺院です。
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その中に3体の石仏が安置されており、この石仏こそ元代彫刻で、北京地区に現存する石仏の中では最大のもののようです。上からぎょろっと睨まれてる感じが怖いです。
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白水寺、以上終了。しょうがないので、各人で準備してきた昼ご飯を広げてピクニックランチ。外で食べるご飯ってうまいのよねー。ビールもご持参いただき感謝感謝。一番生気が蘇ります!
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食後は、この白水寺の近くにあるという噂の鳳凰亭を探しに出発。と思ったら、すぐさま道沿いに発見。
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鳳凰亭。石造りの亭の中に、清の雍正年間の石碑が立ってます。黒光りするくらいにピカピカだったので、かなりの年月をかけて触られてきたようです。この辺りは工場地帯で、鳳凰亭の前もパイプラインが走ってます。
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最後は、万佛堂孔水洞へ向かいます。ここも昨年8月に一度きているので、スムーズに到着。ここは現在、ある会社の敷地内になっています。
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万佛堂、孔水洞石刻及塔。寺院の万佛堂部分は唐代創建で、歴代を通じて重建されてきたようです。
噂ではお堂の壁面に素晴らしい壁画があるようですが確認できません。
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その下にあるのが孔水洞。豊富な湧き水をたたえる泉だったようで、南北朝時代の書物である『水経注』にも記載があるようです。近づくとものすごい冷気が漂ってきます。実は、中に6体の石仏があるようですが、残念ながら立入禁止。
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その両サイド、右手に遼代の華塔、左手に元代の密檐塔が屹立しています。元代の密檐塔は彫刻はシンプルで重厚感のある造りになっています。おそらく、高僧達の墓塔的な役割を果たしている供養塔に思われます。
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華塔は、その上層部分が花の蕾のような形をしており、なかなか他に類を見ない造りです。基層部分の彫刻も各面趣向の違うデザインが採用されていてストーリー性を感じます。この塔を見るためだけに毎年来ても良いくらいです。
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残念ながら、隣接してある関帝廟はしまっていて現在立ち入り禁止になっています。
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少し離れたところから、この万佛堂孔水洞と二つの塔を眺めると、美しく整った箱庭のように思えます。随分と暑い日でしたが、最後に一服の清涼感を味わえて幸せでした。

市内には3時前には到着。建外SOHOの無敵家にて反省会。日本酒4本空きました〜。反省しすぎや〜。
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第43回北京あんてぃーく倶楽部活動予告(房山巡り)

2017/05/06 06:43
5月度の北京あんてぃーく倶楽部活動予告になります。

5月は季節的にも大変良い季節ですので、少し自然に触れられるような場所へ行きたいと思います。
歴史と自然を感じる1日にしましょう。


■日程
5月21日(日)

■スケジュール
0730 建外SOHO A座ロビー集合
0830 姚广孝墓塔
0900 常楽寺
1000 環秀禅寺
1130 白水寺風景区(石仏、鳳凰亭)
1230 食事(お弁当)
1400 万佛堂、孔水洞石刻及塔
1600 北京市内着→解散


おそらく食べる場所がないため、お弁当持参でお願いします。
自然の中で食べましょう!

若干山登りになると思いますので、そのような服装でお願いします。
虫除けなどもあると良いかと思います。

バスの手配がありますので、参加網込みは、5月15日(月)までと
させていただきます。

※初参加の方は、qianye74@hotmail.com(千葉)までご連絡ください。


よろしくお願いします。
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第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目D

2017/05/05 17:31
■2日目D
いよいよ石家庄ツアー最後の目的地、河北博物院に到着。なんとか2時間ほど見学時間を確保できました。ここまで素晴らしいスケジューリングです(笑)。
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河北博物院は、私個人では今回3度目の訪問です。そのうち最初の1回は、まだ新しい博物館ができてないときでした。今は、その旧博物館部分が文物保護指定を受けています。
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その旧博物館側から入場して、新館の方に進んでいきます。お土産コーナー、食堂をすぎて第一展示室から見ていきます。

第一展示室は、北斉の壁画展示。
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続いて、河北の官窯展示室。邢窯、定窯、磁州窯、井陘窯の河北四大窯がわかりやすく展示されています。この辺がこの地方博物館の良さですね。良い意味でしつこい展示。
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<邢窑>
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<定窑>
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<磁州窑>
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<井陘窑>

次に、戦国中山国の展示。あの名将楽毅を輩出した国ですが、戦国時代のほんの一時期存在した国(前414〜前296年)のため、あまり知名度がなく幻の王国とも呼ばれています。狄の国とも言われており、騎馬戦に強く、中原諸国とは一線を画していましたが、同じく兵制改革で騎馬隊を組織した趙の武霊王に滅ぼされてしまいます。
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そして、漢代に存在した中山国展。別名、満城漢墓展。漢代は、秦の早急な中央集権制の失敗に鑑み、皇室の縁者を地方に封じる郡国制を敷きます。その封国された国の一つが中山国です。初代の国王であった、中山靖王劉勝は、後の劉備がその子孫を名乗ったことで有名ですが、子供だけで100人を超えていたという淫乱な王として知られています。
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1968年、その墓が満城の山中から偶然発見され、さらに金縷玉衣をまとった劉勝とその夫人の遺体が見つかりました。また、おびただしい数の陪葬品も発見され、中でも長信宮灯のようなランプ工芸品は世に有名です。
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他にも河北の石器時代から、西周燕国、趙国の文物など、これでもかと河北ならではの歴史展示が展開されます。いいですね〜。
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この時点で、ほぼ2時間経っていたのですが、最後にどうしても曲陽石刻展を見たく、ざざっと見て回ります。するとまさにこの展示室の中に驚きの文物が展示されているではないですか。
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まず、今回見た修徳寺塔から出土した仏像が展示されます。漢白玉で作られた仏像はシンプルですが魅力的です。
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やはり石刻芸術ですから、仏教美術が多いのですが、なんと今回渋滞にはまっていけなかった王処直墓から出土された壁画や墓誌銘がここに展示されてあるではないですか。逆転サヨナラの気分です。
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いやー、素晴らしい博物館でした。今回は本当に堪能しました。見学順序もわかりやすく設計されており、展示物もこの石家庄だからこその文物を十二分に陳列されていました。
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また来たい!

それでも少し余裕を持って石家庄駅に到着。お約束で待合イスのところでビールで乾杯。
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帰りも1時間半で北京西駅に無事到着。何事もなく皆生還できました。
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今回の一泊二日の石家庄・曲陽ツアーは、北京あんてぃーく倶楽部の活動としては初めての春のお泊まりツアーでしたが、季節も大変素晴らしく、見るもの全てにワクワクさせられました。参加した13名のチームワークも抜群で、色々ありましたが思い出に残る楽しいツアーでした。
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おわり。
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第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目C

2017/05/02 11:49
■2日目C
正定という街は、一日ぷらぷらしても街のいたるところに見所があって飽きることがないように思います。正定の最後に行く予定にしていた正定文廟の近くに、唐代の碑が残っているというので先にそちらを見学に。
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ところがちょうどその石碑自体を清掃中で、ものすごい土埃が立っています。「大唐河郡王紀功載政之頌碑」。普段は柵があって入ることができない扉が空いてたので、土煙を浴びながらも中に入っていきます。見事な石碑であることはわかりますが、如何せん次から次に降ってくる土埃でギブアップ。
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こういうお仕事する方も大変です。身体中砂だらけ。
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時間も時間なので、先に昼食をとることに。正定のソウルフードは、どうやら焼売と哈咯面ということで、その二つが食べられるお店をチョイス。
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焼売は、ワンタンに近いような焼売で、蒸しではなく茹でてます。なんとなく適当な感じですが、味はとても美味しい。どんどん箸が進みます。
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哈咯面(ハーローミエン)は、蕎麦ネタのようなものを専用の機械で寒天のように面状に絞り出して直接熱湯に落とし込んで茹で上げます。それを羊肉や白ネギ、フェンネル、棗などなどの香料で出汁をとった高湯(スープ)に入れたものになります。なるほど今まで味わったことのない風味豊かなスープです。こちらも抜群にうまい!
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お腹もこなれたところで、正定文廟を目指します。ちょうど趙雲広場のすぐ裏手にあり、趙雲広場の巨大な趙雲像を横目にたどり着きました。
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中に入ると、観光客は誰もいません。随分とだだっ広く整備された文廟は、その光景は素晴らしいのですが、なんとなくありがたみに欠ける場所でもあります。隆興寺を見た後なのでなおさら近代建築感が漂っています。
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しかし、元々は明代には文廟として整っていたようで、しかも、大成殿の建築様式は、五代の建築様式を残していると書いてあります。ちょっと信じられませんが、せっかくきたので孔子に参拝。
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それにしても気持ち良い青空です。いよいよこのツアーの最終目的地、河北博物院へ向かうため石家庄市内に戻ります。

2日目Dにつづく
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第42回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(石家庄・曲陽巡り)2日目B

2017/05/01 13:13
■2日目B
天寧寺から、いよいよ趙雲廟へ。

趙雲(?〜229年)、字は子竜、常山真定の人。言わずと知れた三国蜀の名将。その物語を語り出すと切りがないので語りませんが、趙雲の出身地である常山真定とは、まさにこの正定になります。蜀の武将ですから、お墓は今の四川省(大邑県)にあります。この正定の趙雲廟は、元々存在した廟を改修して、1996年に観光資源として新しく作られたものになります。
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ということがわかっていても、三国志ファンには大変嬉しい場所です。かくいう私も趙雲大好き!目の前に趙雲が白馬に乗った銅像が現れただけでミーハー心に火がつきます。
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早速中に入ると、正面に劉備を中心に関羽、張飛、諸葛亮、趙雲と並ぶ君臣殿があります。意味不明な感動がこみ上げてきます(笑)。中はちょっとした展示館になっていて、大邑の趙雲墓から持ってきた土などが展示されています。
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その後ろに回り込むと、順平侯殿があります。順平侯は、趙雲の死後に追賜された官職名です。中央に祀られた趙雲を若干厳かな感じでお参り。
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一応中央ラインは神道の役割を果たしているのですが、本来なら石像が置かれる場所を植木を石像や龍の形に刈り込んで配列しているのが印象的でした。よく考えましたね。
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次に、正定を代表する、いや中国を代表すると言っても過言ではない古刹・隆興寺に向かいます。前回きた時は、修繕中で見れない箇所もあったのですが、今回はほぼそれも終わっているということで、大変楽しみにやってきました。
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隆興寺。五胡十六国時代の後燕・慕容熙の龍騰苑だった場所を、隋の開皇六年(586年)に庭園内に寺院を建立し、龍蔵寺と名付けたのが始まり。唐代に、龍興寺と改められ、清代に隆興寺に改称されました。
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正面入り口に当たるのは、天王門。その対面に立派な双龍照壁(影壁)も残っています。天王門からして歴史の重みを感じますが、「勅建隆興寺」の扁額は康熙帝の御筆になるもの。
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天王門をくぐると、目の前に大覚六師殿遺址があります。もともと北宋の神宗元豊年間(1078〜1085年)に建てられた大覚六師殿があったようですが、民国時代に壊れたようです。
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そのすぐ奥が摩尼殿。これも北宋時代、皇祐四年(1052年)の創建。他の北宋期の建築物の中でも珍しい十字形に作られた大殿で、明清時期も手を加えられていますが、建築物全体の風格は北宋時のままを今に伝えています。
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内部壁面の壁画も保存状態は素晴らしいです。
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摩尼殿をくぐって北側から外に出て牌坊をくぐると、戒台を正面にその奥に慈氏閣、左手に転輪蔵閣、敷地のあちこちに石碑が林立している空間が現れます。その光景だけでも十分圧倒される威圧感を感じます。
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慈氏閣は、左右に康熙帝、乾隆帝御筆になる石碑を従えた北宋代の建築物。明代に重建したためか、解説の年代はどの建物もほとんど明代になっています。その瑠璃瓦の青空に映える光景はいつまで見てても飽きが来ません。
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転輪蔵閣は、八角形木製のお経蔵書棚です。からくり式で常に本棚が動くようになっていたのは、仏教世界の輪廻転生を表したと言われています。恐るべき宋代の科学力の高さです。今もおそらく動くとは思います。沈括の『夢渓筆談』をもう一度読んでみようと思いました。
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もう一つ、見ておきたいのは「龍蔵寺碑」です。隋の開皇六年(586年)に建てられた石碑で、「恒州刺史鄂国公為国勧造龍蔵寺碑」の文字がはっきり見えます。
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慈氏閣の裏手に回ると、大悲閣が現れます。この大悲閣が隆興寺メインの大殿です。なぜなら、この大殿の中に、高さ21mを超える銅製の千手観音像が祀られているからです。河北四宝に数えられるこの千手観音は、唐代に造られたと言われています。四十二の腕を持ち、それぞれに宝鏡や宝剣などの法器を持っています。雍和宫の仏像を想起して貰えばわかりやすい圧倒的なスケールです。
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この千手観音は、唐末の騒乱で一旦崩れ去ったようで、現存するものは北宋の初代皇帝趙匡胤によって再建されたものです。現在に至るまで、何度も修繕が行われており、人々の信仰心の篤さに感心せざるを得ません。千手観音が乗っている須弥座の彫刻も見事。
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慈氏閣の裏手には、須弥殿があり、貴重な仏像がこれでもかと配置されています。
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さらにその奥には毘盧殿があり、三層に仏が重なり合った珍しい仏像が安置されています。
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最後に、夢堂和尚経幢と唐碑を見に行きます。さらにその裏手にも、もともとの名称であった龍騰苑の名前を冠した裏庭が広がります。そこは今回はあえて見ませんでした。すでにお腹いっぱい。
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午前中だけで、随分と正定古城を満喫しました。

2日目Cにつづく
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