北京あんてぃーく倶楽部

アクセスカウンタ

zoom RSS 第38回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・易県一泊二日ツアー)1日目パート@

<<   作成日時 : 2016/12/22 16:51   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

12月度の北京あんてぃーく倶楽部活動報告になります。

12月は、毎年恒例の清西陵への一泊二日ツアーです。今回で4回目になりますが、毎回違う発見があり、全く飽きのこない鉄板コースです。今回は今回の楽しみを探求してきました。写真分量の都合から、4回に分けて報告します。


■開催日程

開催日:12月10日(土)−11日(日)

■当日スケジュール

@12月10日(土)
0730 ケンピンスキーホテル ロビー集合&出発
0930 清西陵(泰陵、崇陵、開音壁、永福寺、行宮)
1200 食事
1400 紫荊関長城
1730 ホテル着

A12月11日(日)
0830 ホテル出発
0900 荊軻塔
0945 鎮霊塔
1015 燕下都遺址
1100 燕子塔
1200 昼食
1330 永済橋
1430 西周燕都博物館
1730 北京市内着→解散

>1日目(12/10) パート@
毎年恒例の清西陵ツアーが今年もやってまいりました。今年の参加者は13名。機動力を考えると良い人数です。朝時間通りにホテルに集合して出発。
画像

画像

とはいえ、約30分のビハインドで10時には清西陵到着。毎年のように、まずは易水プレートと大紅門を見るために、トイレ休憩兼ねて泰陵の神道正面にバスをつけます。15分くらいでトイレに行って帰ってくるだけと思ってましたが、30分以上を消化。今回のメンバーが団体行動が苦手な方々であることを確信。
画像

画像

大紅門には「清西陵」プレートと世界遺産プレートがあります。その正面と両サイドには、こちらも必見の牌楼が立ち並びます。倹約家で知られる雍正帝は、もともと遺言で神道などは作るなと言明していたようですが、派手好きの乾隆帝が息子なわけですからそうはいきません。わが父のためにあっさり神道を整備。
画像

画像

易水は毎年のように凍りついてます。12月ですからね。もはや3回目ですから、『史記』刺客列伝の荊軻伝「風粛粛として易水寒し、壮士一度去りて復た還らず」を弁士のように説明する私。
画像

時間も押していたので、メンバーのケツを叩きながらバスに戻り、行宮、永福寺を目指します。残念ながら、行宮は改装中で未開放。ここは、乾隆帝が雍正帝の墓参りに来た時の宿泊所跡地です。
画像

ついで永福寺に到着。過去には来たことがなく、初めてのお参りでしたが、大変立派な寺院で驚きました。
画像

画像

聞けば、易県を代表する寺院だそうで、毎年大きなお祭りなどを開催しているそう。瑠璃瓦を使用した寺院ですから、皇帝家の菩提寺的な役割であることがわかります。乾隆三十八年(1773年)創建。
画像

画像

画像

画像

画像

そしていよいよ皇帝陵へ。実質最後の皇帝である光緒帝の陵墓・崇陵へ墓参り。
画像

画像

画像

画像

ここは地下宮殿が拝観可能なのがウリですが、随分と全面的に改修中で、景観という面では今ひとつでした。
画像

画像

画像

画像

画像

本当は見れるところが見れないは悔しい。そして、また来年来ようと思ってしまう(笑)。
画像

時間も12時を回り、メンバーからのお昼のランチタイム要求を背中に感じながら、ひとまず雍正帝の泰陵を見学。
画像

画像

画像

こちらは見るべきところは全て見れます。各宮殿の修築などはちょくちょくやって来たようですが、やはり近くで見ると駆逐した部分が多く見受けられます。
画像

画像

画像

画像

12月の割には暖かいとも思える最高の青空をバックに泰陵を眺めるのは本当に感動的です。
画像

画像

しかし!タイムスケジュールが切迫していたため、非情な決断をメンバーに言い渡します。「昼飯は、抜き、でお願いします!」。その決断が後で正解だったことがわかるのですが、それはまた別の話。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
第38回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(清西陵・易県一泊二日ツアー)1日目パート@ 北京あんてぃーく倶楽部/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる