北京あんてぃーく倶楽部

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zoom RSS 第37回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(頤和園探求ツアー)

<<   作成日時 : 2016/11/23 07:55   >>

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11月度の北京あんてぃーく倶楽部活動報告になります。

今月は、なんと頤和園です。あまりにありきたりでしょうか?いえ、おそらく頤和園に行ったことがある方は数多くとも、頤和園を堪能し理解している人は少ないと思います。アテンドで誰かを連れて行っても湖沿いをプラプラして疲れて終了というパターンが多いのではないでしょうか。

ということで、今回は午前中3時間かけてみっちり頤和園を探索することにしました。

■日時
11月20日(日)

■スケジュール
0800 ケンピンスキーホテルロビー集合
0900 頤和園探索(主に北側)
1200 食事
1330 北坞金山寺及劇楼
1430 団城、健営演武庁
1530 旭華之閣及松堂→近くに行ってみるだけ

心配していたほどの寒さでもなく、雨も霧雨程度の朝を迎え、やはりPACは「持ってる」と思いながらケンピンスキーホテルを定時に出発。同じ北京市内とはいえ、朝陽区から海淀区にある頤和園まで、渋滞もなく到着しても40分かかります。北京は広いのです。
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少し脇道のところでバスを降り、まずは脇目もふれず牌楼とその下にある頤和園プレートを見に行きます。牌楼は頤和園の入り口前ゲートですからね、と説明しながらふと顔をあげると、なんと改装中でカバーをかぶって周囲を壁に囲まれている牌楼を発見。ガーン!いきなり嫌な予感です。
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今日はがっつり見ると決めてきたので、聯票というお得な入場チケットを購入します。要は、頤和園の中は関所ビジネスをしていて、見どころ見どころで入場料を取るわけです。聯票は言うならばフリーパスですね。

今回、当初から決めていたルートは以下。
仁寿殿→耶律楚材祠→文昌院→玉瀾堂→長廊→排雲殿→仏香閣→知恵海→蘇州街→多宝塔→徳和園
このコースどりを見て、「なるほど」と思える方は頤和園検定1級です(笑)。普段なら人人人でこのコースどりだと3時間でも足りないのですが、天候のおかげでしょうか、この日は本当に観光客が少ない。
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とはいえ、PACは参加者15名で基本的に集団行動が苦手な方が多いので、一つの場所をみて出口付近で集合するのを待つというタイムロスは必ず発生します(笑)。最初の仁寿殿から早くもバラバラ。しょうがないので周囲にいる人向けに、仁寿殿が西太后と光緒帝の接客場所であることを説明し、サクッと耶律楚材祠へ。
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以前は普通に入れたと思うのですが、耶律楚材祠は立ち入り禁止になってました。仕方ないので普通に門を開けて中に入ってみます。ただの祠で何もない四合院作りです。なんか石碑があったような記憶があるのですが。
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ついで、文昌院へ。ここはかなり貴重な文物の展示場になっていて、古代中国の青銅器から清代を代表する磁器まで本物が展示されています。メインの展示場の見応えといったら素晴らしいものがあります。仮に聯票で入場しなかったとしても、各所にチケットを買う場所がありますので、ぜひここだけは外さないようにしてほしいです。
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長廊へ向かって歩いていると、目の前にあの戊戌の政変で失敗した光緒帝が西太后によって幽閉された場所である玉瀾堂が見えてきます。今は立派な四合院住宅といった趣ですが、大きな歴史の舞台になった場所です。それなりの感慨に浸ります。
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毎度「何かなこれは」と思って見かける巨石の湖側にアーチ状のポールが立っているのが見えます。どうやら、電話局跡らしく、清代末期、頤和園から東四あたりまで電話をかけられたようで、西太后からの指令も電話で指示されていたという驚きの事実を知ります。
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いよいよ長廊に入ります。約750m続くこの長廊は上部の梁に西遊記など色々な物語が描かれていると<中国世界遺産物語>で説明された通りに説明。排雲門まで続くこの長い回廊を若干上目遣いで歩きます。
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その突き当たりの場所が、排雲門、排雲殿です。この場所こそは、乾隆帝が清漪園を作った際に、「大報恩延寿寺」があった場所で、その基礎の上に今の宮殿建築群が建てられました。
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排雲殿からは山登りです。目指すは仏香閣。ここもしばらく改装していたのですが、今回は改装も終わり美しい千手観音を拝むことができました。それにしてもこんなに階段が長かったかと改めて痛感させられました。でも綺麗に瑠璃瓦で装飾された階段はそれを見るだけでも登る価値はあります。
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ようやく仏香閣に到着。この万寿山の山頂にある楼閣は、英仏連合軍によって一度破壊されてしまいましたが、西太后が巨額の海軍軍事費を使って改めて造ったものになります。本来なら、ここから眺める昆明湖の景色は景山公園から眺める故宮に匹敵する美しさですが、本日は濃霧で全く何も見えません。
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そこからさらに登って、知恵海へ。この瑠璃牌坊と呼ばれる知恵海は、全て石組みで作られているため「無梁閣」とも呼ばれており、側面には1008台の仏像が彫られています。この仏像も以前は顔が壊れてたり、なかったりしたのですが、今回完全に復活されてましたね。
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ここからは頤和園の北門に当たる北宮門の方向へ山下りです。ほとんどの方は、東門から入るため、北宮門から入った時の頤和園のビジュアルを知らないと思いますが、この風景は見ておかないと大損です。
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須弥霊境と呼ばれる、知恵海を頂点とするラマ系の古塔、楼閣で形成される風景は、まるで要塞のようです。
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そして、北宮門のすぐ側に流れる人口の河の周辺に作られたのが、蘇州街と呼ばれる場所です。
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江南の風光明媚をこよなく愛した乾隆帝が、どうしても北京にいながら江南を味わいたいという思惑で作らせたのが元々の蘇州街で、現在の蘇州街は1990年に重建されました。川沿いに、二人で並んで歩ける程度の幅の道を歩くその周囲にはレストランやお土産物屋、茶館などがやる気なく営業中。
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いよいよ東門に向かって折り返します。その道すがらに、瑠璃塔があるのですが、若干場所の確定に迷って到着。塔自体の修理は完了していましたが、周囲に囲みができていて近づくこと能わず。ただ、裏側からは完全な状態で見学することができ、「多宝塔」とも呼ばれる装飾美を堪能できました。
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最終ポイントは、徳和園。京劇鑑賞が趣味だった西太后が作らせた戯楼は荘厳な美しさです。
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ここで京劇が見れたら確かに嬉しいと思わせる場所です。館内はオルドスの青銅器展というマニアックな展示が開催中。

ここまで文章を書いてくるだけでもうお腹いっぱいな感じですが、実際には3時間歩き倒して腹ペコ状態。頤和園を出て、付近にあった「西貝莜面村」にて美食に舌鼓。オススメの中華料理店です。
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午後になって、朝より底冷えしてきたのと昼間に飲みすぎたビールでトイレが近くなってきました(笑)。明代創建、最近また全面改装した北坞金山寺に行ってみましたが、なんと日月曜日は休館日。ガーン!
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付近にあった関帝廟の区保プレートしか確保できず。また改めてくるしかないですね。
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気を取り直して、団城・健鋭営演武庁へ。健鋭営は、別名西山健鋭営とか、香山健鋭営、健鋭雲梯営などと言われ、清代八旗軍の特殊部隊であった雲梯部隊の駐屯地だった場所です。
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今も残る演武庁は、コロッセオのような円形の閲兵場で、ここで雲梯を使った攻城法などを演習していたかと妄想するとワクワクしてきます。
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今でもかなりの敷地が確保されていて大掛かりな訓練なども行われていたと推察されますが、健鋭営は2000人単位の部隊というので、そこまで大規模ではないようです。
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今は、演武庁前の3つの館が展示場になっており、満州八旗とこの演武庁の歴史を学ぶことができます。
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実はもう一箇所行く予定でしたが、濃霧と霧雨で視界が悪く、気温もさらに下がってきたため本日の北京あんてぃーく倶楽部の活動はこれにて終了。皆さすがに歩き疲れていたのでしょう(とはいえ、17000歩程度ですが)、帰りのバスは最終地点のケンピンスキーが見える直前まで全員爆睡(笑)。本当に楽しかったですねー。また頤和園深掘りのツアーを実施したいと思います。

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