北京あんてぃーく倶楽部

アクセスカウンタ

zoom RSS 第36回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(懐柔区を巡る)

<<   作成日時 : 2016/11/03 10:45   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

10月度の北京あんてぃーく倶楽部活動報告になります。

10月はPACではまだ未開拓の懐柔区に行きました。有名な紅螺寺は、行ったことはあるという人は多いと思いますが、今回は見るべき場所をきっちり時間をかけてみるのが目的です。

また、鹞子峪城堡という、長城を作った際にその軍事要塞として作られた20数個の街の生き残りの街を見学するのも楽しみです。

■日にち
10月23日(日)

■スケジュール
0800 ケンピンスキーホテルロビー集合
0900 鳳翔寺
0945 紅螺寺
1100 甘澗峪古建築遺址群(朝陽庵)
1145 昼食(鱼师傅)
1345 鹞子峪城堡
1600 北京市内着(ケンピンスキー解散)

バスがちゃんと手配されているかを心配しつつ、メンバーはケンピンスキーホテルに時間通りに集結。参加者24名はさすがに多い。点呼一つ取るのも大変です。今回は懐柔区ということで、メンバーの中には職場が懐柔区という方もいるくらいたいして遠くはない場所というイメージです。

行きは全く心配していませんでしたが、予定通り1時間弱で最初の目的地である鳳翔寺に到着。今回はバスの運転手がしっかりしています。下調べをしてくれたようで、どこも私から指示することなくサクサクと到着。
画像

鳳翔寺。唐代の創建、と調べるとそのように書いてあったのですが、今は全面改装が終わったようで、随分と近代的なお寺です。会員の皆さんも何か古いものはないかとあちこちくまなく文物を探しまくります。さすがです(笑)!
画像

明代の鐘が境内に残っているのはなかなか貴重です。それ以外は特に見るものもなく、すぐに撤収。
画像

そこから20分ほどバスを走らせて紅螺寺に到着。その道すがらから窓から見える紅葉した景色が秋を感じさせてくれます。
画像

今がピークと思われるので、紅葉のお寺として有名な紅螺寺は観光客であふれているのではと思っていましたが、意外や意外、そこまでの人だかりもなし。
画像

紅螺寺。唐代の創建。東晋時代には存在したという説もあるが証明できる文献はないとのこと。入口の古刹感を醸し出している重厚的な雰囲気は素晴らしい。ただ、こちらも90年代に大々的に改修されています。入場料に54元もかかるはずだ。
画像

画像

明代の鐘である「天啓大銅鐘」は大殿の中に設置されています。
画像

もう一つ見たかった「甘為霖碑」を探しまくったのですが、こちらはどこかに移されたようです。職員に聞いても見たことがないとのことでした。残念。明の十三陵や瑠璃河大橋などを設計したことで名高い甘為霖の記念碑です。どこにあるか知っている方は教えてください。
画像

画像

境内の紅葉した景色は大変に美しく、我々のように文物目的で来ていなければ、おにぎりでも持って紅葉狩りには大変良いのでしょうがね。
画像

画像

ついでに、友人曰く「10年前にもあった悪名高い紅螺モニュメント」も記憶に残るので一応見ておきます(笑)。

ついで甘澗峪古建築遺址群という明代の建築群が並ぶ町並み、を見るつもりだったのですが、連れて行かれたのは朝陽禅寺というかなり整備されたお寺。元々は、紅螺寺の下院で多くの寺院が立ち並んでいたようですが、その辺りはすっ飛ばして観光地のようなお寺を見学。
画像

画像

風光明媚な場所は、PAC的には特に興味はなく、ひたすら文物を目指します。なぜか対連の文字を逆書きしてある朝陽禅寺をサクッと見学して、文物が集まる山奥に歩を進めます。まあ、山登りですね。
画像

画像

画像

神泉や聖水泉などを過ぎた場所にある「霊骨塔」を見るためだったのですが、行って見るとこんなもんかということもよくある話です。そんなに古くなく、おそらくお坊さんのための供養塔です。
画像

画像

画像

風光明媚なこの場所は「霊慧山」という場所です。バスに乗りこみ、その帰り道に「弥勒頂」という恐ろしく急な階段を登ってお寺参りをするコースを見つけました。山の頂まで続いていくそうです。
画像

画像

画像

懐柔区に来たらここで食事と決めてあった「魚師傅」にて食事。相変わらず美味です。ここの「摊鸡蛋」は必食。
画像

画像

画像

画像

最終目的地である鹞子峪城堡を目指していたら、どうやらバスが行き過ぎたようで、なぜか素敵な長城遺跡に出くわします。そこでUターンするついでに、その長城遺跡を見学。大変素敵な絵になる風景。道を作った時に、道をまたいで断絶してしまったのでしょうね。実はこのパターンは珍しくはないのですが。
画像

ようやく鹞子峪城堡に到着。ここは、明の万暦二十年(1592年)に長城を築くに当たって作られた20数カ所の軍事要塞基地の一つが残存している村です。とはいえ、要は長城築城作業が終わった人々が仕事を終えて帰ってくる様子が想像できるしなびた村です。
画像

画像

現在南門と山門はしっかり残っていて、その南門に登って村を一望します。まあ、普通の現代から取り残された家並みです。しかし、村人の乗っていた車はなかなかに高級車揃いでした(笑)。
画像

画像

画像

画像

懐柔区の特産の一つは栗です。ちょうど収穫時期だったのでしょう。大量の栗の殻が放置されていました。変な栗のモニュメントもたくさん飾られてましたね。
画像

帰りはお約束の渋滞でしたが、あまり文物の匂いのしない懐柔区にもまだまだ知られてない場所が多々あるのだと改めて認識できたのは今回の成果ですね。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
第36回北京あんてぃーく倶楽部活動報告(懐柔区を巡る) 北京あんてぃーく倶楽部/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる